輪廻の風 3-35






結界を張って数秒も経たぬ内に、魔界城一階フロアは瞬く間に戦火に包まれていた。

激しい怒号と太刀音、銃撃音が鳴り響いては木霊し、魔族側もバレラルク側も勢いが徐々にヒートアップしていた。

ラーミアとアマレットは結界の効力を保たせる為に、驚異的な集中力を研ぎ澄ませていた。

それを魔族側が放っておく筈がなく、2人が攻撃対象になるのは必然だった。

ラーミアとアマレット、更にアマレットの腕に抱かれるルミノア。

この3人はあまりにも無防備で、格好の餌食の様に思われた。

しかし、この3人の前には鉄壁とも呼ぶべき屈強な護衛が立ちはだかっていた。

バレンティノとアベルだった。

2人は、ラーミア達に襲いかかる魔族達を悉く蹴散らしていた。

バレンティノが両手で力一杯剣を振るうと、その剣圧だけで数十体の魔族達が一気に薙ぎ倒されていった。

アベルも負けじと応戦していた。

アベルの人差し指からは、小さな水滴がまるで弾丸の様に放たれていった。

本物の拳銃と遜色ないほどの速度と威力だった。
アベルはまるで水鉄砲で遊ぶ子供の様に魔族達を次々と撃ち落としていた。

「アベル…ありがとう。」
アマレットが礼を言うと、アベルは謙遜したような態度で「まあ、ルミノアは僕にとっては可愛い姪っ子だからね。ここは1つ、兄さんに代わって僕に護らせてよ。」と言った。


バレンティノとアベルの背後は、まさに城内唯一の絶対安全地帯と言っても過言ではなかった。

そんな場所に、太々しい態度で戦況を眺める1人の男がいた。

その男の名は、ダルマイン。

ダルマインは、ラーミア達に近づけず散っていく魔族達の無念を嘲笑っていた。

「ぎゃーはっはっはっはー!バーカバーカ!かかってこいや間抜け共!!」

ダルマインは舌を出し、中指を立て、下品な笑い声を上げてここぞとばかりに魔族達に罵詈雑言を浴びせていた。

「なんだとこの豚野郎…!」
「調子乗んなよクソデブが!」

安い挑発に乗った気性の荒い魔族達は、次々とダルマインに襲い掛かろうと試みるも、例によってバレンティノとアベルの力の前で無力にも儚く散っていった。

「ぎゃーはっはっはっ!魔族ってのはてめえの感情一つコントロールすることもままならねえのかぁ!?怒りに身を任せて自滅たあ、愚の骨頂だぜ!」

ダルマインは恥も外聞も捨て、人の褌をかりて安全地帯から投石を繰り返していた。

そもそも、この男はなぜ魔界城に来たのだろうか。

実はダルマインは、ある想いを胸の内に秘めていたのだ。

それは、この勝負がどちらに転んだとしても、どうしても"あるもの"を見届けたかったのだ。

その想いこそが、姑息で臆病者で小心者のダルマインを戦場へと駆り出たせたのだ。

彼はいったい、何を見届けたいのか。
それは、後に彼自身の口から語られることとなる。


一方でアズバールは、上階へと続く果てしなく長い階段を見つけ、上を目指していた。

アズバールが足をつけている床からは、立ち所に太い木の幹がニョキニョキと勢いよく生えて来た。

その木は縦横無尽に城内を駆け巡り、魔族達を悉く串刺しにしていった。

「ククク…冥花軍(ノワールアルメ)の兵隊共はまだまだいる筈だ。隠れてねえで出てこい!俺が全員殺してやる!!」
アズバールの血の気の荒さは、場内の中でも際立っていた。

現在、ラーミアとアマレットの結界に囚われて身動きが取れなくなっている冥花軍のメンバーはルキフェル閣下、ジェイド、メレディスク公爵の3体のみ。

しかし、冥花軍のメンバーはその3体以外に、残りもう4体いたのだ。

アズバールは、残りの4体も間違いなく城内のどこかに潜伏していると踏んでいた。

そして、その読みは的中していた。

アズバールは未だ見ぬ強敵との遭遇に胸を躍らせながら向かってくる魔族を返り討ちにし、単独で上階を目指していたのだ。

しかし、そんなアズバールよりも一足先に、マルジェラは上階へと辿り着いていた。

2階フロアにも、これまた夥しい程の数の魔族達が蔓延っていた。

マルジェラは鳥の姿になって城内を飛び回り、両翼から羽根を放出させていた。

マルジェラの両翼から放たれる無尽蔵の羽根は、まるで短刀のように鋭利だった。

羽根は、放たれては新たに生やすの繰り返しだった。

刃物のような羽根が、まるで弾丸の雨の如く降り注ぎ、魔族達は為す術もなく絶命していった。

「全く…キリがないな。」
マルジェラは、あまりにも多すぎる魔族側の戦力に、ほとほとうんざりしているようだった。


「俺たちもアズバールとマルジェラに続くぞ!!気引き締めていけよ!!」
「泣いても笑っても、残り1時間で結界の効力は切れる!少しでもエンディ達の負担を減らす為にも、1体でも多く魔族達を倒せー!!」

エスタとサイゾーが気合の入った掛け声をかけると、バレラルクの戦士達は一斉に「おおーー!!」と雄叫びをあげ、2人に続いて上を目指して行った。

「あ、待って俺も行く。置いてかないで。」
ラベスタはその集団にしれっと入り込み、共に上を目指し剣を振るった。

「私はこの階に残って戦うわ。貴女はどうするの?」
「決まってるでしょ!私も残るわ!」

ジェシカとモエーネは、上の階はエスタ達に任せ、自分達は一階フロアに残り戦う決意を固めていた。

それは、体力を消耗させながら結界を張っている大好きな友達であるラーミアとアマレット、この2人を近くでサポートしたいという意思の表れだった。

ジェシカは両手に短刀を、モエーネは鞭を振るい、それぞれ魔族達に応戦していた。





そして場面は最上階、屋根無き玉座の間へと移り変わる。

黒一色で覆い尽くされた空。
玉座以外は何も置かれていない5ヘクタールの広大な敷地。
ヴェルヴァルト大王の感覚では、空を覆うこの闇こそが、玉座の間の屋根そのものだったのだ。




ヴェルヴァルト大王は玉座に腰掛け、悠然としていた。

体長30メートルを超える巨体が収まるその玉座も、また信じられないほどに巨大だった。

ヴェルヴァルト大王は、追憶にふけていた。

それは今から500年前、ユラノスを殺して神国ナカタムを陥落させた日の記憶。

ヴェルヴァルト大王は、ユラノスが死に際に放った言葉を思い出していた。

「俺が死んでも…俺の力は消えねえぞ…。俺の力を受け継いだ戦士達が…必ずお前を倒しにやって来る…!」

ユラノスは敗北を喫した直後、最後の力を振り絞って、当時の天生士10人に、自身の力を分散させたのだ。

「ふははははっ!下らぬ戯言だ!吹いたら飛ぶ様な貴様の部下など恐るるに足らん!余が1人残らず殺してくれるわ!」
ヴェルヴァルト大王は、血塗れで地に這いつくばる瀕死のユラノスを見下ろしながらそう言った。

「例えあいつらが死んでも…あいつらの力も…遺志も…途絶えることなく脈々と未来へと継承されていく…!遠い未来になるかもしれねえが…いつか必ず…!俺の…俺たちの…人類の無念を晴らすべく…勇敢な戦士共が…お前を討ち倒しに現れる…!せいぜいその時まで…震えて眠れよ…ヴェルヴァルト…!」

それが、ユラノスが生前に言い残した最期の言葉だった。

神と呼ばれた男は、この言葉を言い終えて間もなくして、全てを未来へと託して静かに息を引き取った。

無惨に殺され、凄惨な姿ではあったが、その死に様はこの上なく勇ましく堂々たるものであった。

ヴェルヴァルト大王は、その日の事を鮮明に覚えていた。
そしてユラノスの死に際の言葉も、一言一句記憶していた。

そして500年の時を超え、現在ヴェルヴァルト大王の眼前には、7名の戦士が立ちはだかっていた。


エンディ、カイン、イヴァンカ、モスキーノ、エラルド、ノヴァ、ロゼ。

泰然自若としたその立ち姿は、正に豪傑だった。

「ついに来たか。随分と待ち侘びたぞ。」

ヴェルヴァルト大王は悍ましい笑顔を浮かべ、玉座に腰掛けたままエンディ達を見下ろしていた。

「ナメやがって…。おい、退がってろお前ら。こいつは俺が焼き払ってやるよ。」
ヴェルヴァルト大王の余裕溢れる態度に、カインは憤りを露わにしていた。

「いやいや…こいつを殺るのは俺だよ!おい!お前がヴェルヴァルトだな!?骨の髄まで凍らせてやるから覚悟しろー!」
モスキーノは、ヴェルヴァルト大王をどこかおちょくっている様な軽快な口調で言った。

「ふっふっふっ…また会えて嬉しいよ、御大。魔界城と言ったか?この様な立派な城は君には相応しくない。だから私に明け渡してもらうよ。そして…玉座には君の生首でも添えておくとするか。」
イヴァンカは酷薄な表情で、殺意を剥き出しにしながら言った。
御大とは、ヴェルヴァルト大王の事を指していた。

すると、エンディが玉座に向かってゆっくりと歩き始めた。

「おいエンディ!不用意に近づくな!」
ロゼが注意を促しても、エンディは聞く耳を持たず歩みを止めなかった。

カインは、ヴェルヴァルト大王の僅かな動きの機微も見逃さぬ様、注意深く観察していた。

「エンディ…貴様ここに何をしに来た?」
ヴェルヴァルト大王がそう尋ねると、エンディはぴたりと足を止めた。


エンディは色々な事を考えていた。

500年前、ヴェルヴァルト大王によって殺されたユラノスと天生士。神国ナカタムの国民達。

つい最近、魔族により強制執行された血の侵略により命を落としたバレラルク王国の戦士達や罪なき民衆達。

そして今もなお、世界を蹂躙する卑劣なる魔族の徒輩達により、命を奪われ、当たり前の日常や幸せを奪われ続けている人々。

犠牲となった全ての人々を悼み、エンディは瞼を閉じて静かに黙祷していた。

数秒経ち黙祷が終えると、エンディは地面と水平にして右手を振り上げた。

亡くなった人々の無念や悲しみや憎しみ。

まるで、それらの想いを一心に込める様にして、右手の拳に風の力を纏わり付かせた。

しかし、此度の風は今までとは大きく異なっていた。

エンディの拳に纏わりついた風は、黄金色に発光していたのだ。

その姿はこの上なく神秘的で、神々しくすら見えた。

そう、これは5日前、エンディがユラノスによって分け与えられた新たな力だったのだ。

「なんだ…あの風は!?」
カインは驚嘆し、エンディの放つ美しい風に目を奪われていた。

ロゼ、エラルド、ノヴァも目を丸くしていた。

モスキーノとイヴァンカは興味深そうに眺めていた。

ただ、ヴェルヴァルト大王だけは顔色ひとつ変えず、余裕と自信の溢れる表情で玉座に腰掛けたまま、微動だにしていなかった。

すると次の瞬間、エンディは突然飛び上がり、信じ難い速度でヴェルヴァルト大王に詰め寄った。

「うおおおおおおっ!!」
エンディは雄叫びをあげながら、金色の風を纏った拳で、ヴェルヴァルト大王に渾身の一撃を炸裂させた。

顔面を殴打されたヴェルヴァルト大王は若干脳がグラっ揺れ、一瞬意識が遠のいた。

凄まじい破壊音と共に玉座は木っ端微塵に破壊され、ヴェルヴァルト大王は後方へと殴り飛ばされてしまった。

体長30メートルを超えるヴェルヴァルト大王が、50メートル近く先まで飛ばされた挙句、地面にめり込むような形で倒れていたのだ。

カイン達は、今まで見たこともないエンディの強さに度肝を抜かれていた。

ヴェルヴァルト大王は背を地面につけたまま、仰向け状態で黒一色の空を眺めていた。

そしてエンディは、毅然とした態度と面持ちで決め台詞を言った。

「俺の名前はウルメイト・エンディ。時空を超えてお前を倒しに来た男だ!」






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