輪廻の風 3-30
「世界の未来を見せるだと?そんなことが本当に可能なのか?」
エンディは半信半疑だった。
「ああ、俺には未来を見通す力があるんだ。とは言っても、未来なんてのは些細な事象で容易く大きく変わっちまう。だから俺が見せれる未来は、"そうなる確率が極めて高い不確かな未来"だ。」
ユラノスはズバリと言った。
しかしエンディは、いまいちピンときていない様子だった。
首を傾げているエンディに、ユラノスは「まあ、百聞は一見にしかず…だな。とりあえず何か見せるわ。うーん…やべえ、何から見せようかな?」と言った。
世界の未来を見せるとは言ったものの、ユラノスは具体的に何年先のどのような未来を見せるべきなのか、迷っていた。
「うーーん…よく分からないけど…とりあえず何か見せてよ。」
エンディに急かすようにそう言われると、ユラノスは余計に考え込んでしまった。
すると、小さな男の子が2人、エンディの元へと歩み寄ってきた。
推定年齢5〜6歳ほどの2人の男の子は、先ほどから浜辺の波打ち際で遊んでいたようだった。
エンディもユラノスも、男の子の存在にはずっと気が付いてはいたが、話に夢中で特に気に留めていなかったのだ。
世界中の空が闇に包まれているこんな状況下をまるで理解していない幼き2人の男の子は、不思議そうな顔でエンディをジーッと見つめていた。
「ねえお兄ちゃん、さっきから誰と喋ってるの?」
「お兄ちゃん、独り言?」
男の子たちにこう言われたエンディは、ユラノスの姿が自分にしか見えていないのだと瞬時に理解した。
エンディに視線を向けられたユラノスは、「ああ、そうだ言い忘れてた。さっきも言ったように、俺はお前の遺伝子に眠る記憶が具現化した存在。当然、俺の姿はお前にしか見えねえよ。」
そう言われると、エンディは途端に恥ずかしくなり、頬を赤らめた。
この男の子たちからしてみれば、自分はひたすら1人でブツブツ何かを唱えている変質者そのものではないかと思い、「もっと早くいってよ…。」と、ユラノスを横目で見ながらボソリと呟いた。
「あー悪い悪い。でも丁度良いところに丁度良いガキどもが来てくれたもんだ。よし、エンディ。そのガキどもの顔をよーーく見ろ。」
エンディはユラノスに言われるがまま、2人の男の子の顔を交互に見た。
2人とも純粋無垢で無邪気で、とても可愛らしい男の子だった。
空が突然闇に包まれて世界中が真っ暗闇に包まれているというのに、あどけない顔で浜辺で遊ぶ2人の顔は、エンディの瞳には少し眩しく映った。
「何見てんの?」
「ねえねえ、僕たちの顔に何かついてる?」
男の子たちはポカーンとしていた。
「さあエンディ、ボサッとしてんなよ?さあ行こう、未来旅行へ!」
ユラノスはそう言い終えると、指をパチっと鳴らせた。
すると、エンディの視界がほんの一瞬、眩い光に覆われた。
「うわああああっ!」
あまりの眩しさに驚いたエンディは、思わず鋭い悲鳴をもらしてしまった。
そして恐る恐る瞼を開けると、目の前の景色が一変としていた。
そこは、立派なサボテンが何本も立ち並ぶ荒野だった。
空は雲一つない青空だった。
その場所はどう見ても炎天下であったが、不思議とエンディは暑さを感じなかった。
「どこだよ…ここは…?」
エンディは辺りをキョロキョロと見渡した。
すると、何やら物騒な面持ちをした男たちの集団を見つけた。
彼らは総勢約100名近くおり、全員が両手で機関銃を抱えていた。
腰にはハンドガンや手榴弾、または短刀などを装備していた。
無数のサボテンが立ち並ぶ炎天下の荒野の中でも、謎の武装集団がたむろするその場所だけは不穏な空気が漂っていた。
「おいあんたら、何やってんだ??」
エンディは意を決して集団に向かって声をかけたが、反応が無かった。
「こいつらに俺たちの姿は見えてねえよ。」
突如現れたユラノスは、エンディの耳元でボソリと呟いた。
エンディはびくりとして「うわっ!」と声をあげてしまった。
「ここは今から30年後のバレラルク王国の某所だ。ちなみにお前らが魔族を倒したと仮定した未来だから、この世界にはヴェルヴァルトをはじめ、魔族は誰1人生き残ってねえぜ?」
「ユラノスさん…一体こいつらは何なんだ?」
エンディは武装集団を指差しながら尋ねた。
「こいつらはテロリストだ。バレラルク王国を拠点に活動している国際過激派組織だな。」
「えー!?テロリスト!?どうりで物騒な格好しているわけだ…。」
エンディは腑に落ちた様だ。
「エンディ、先頭にいる2人組を見ろ。あいつらがこのテロ組織の最高指導者だ。」
エンディは言われるがまま、集団の先頭に立つ二人組を見た。
武装集団は縦横10列に並び列を成していた。
そしてその集団の目線の先には、2人の男が横並びになって堂々たる姿勢で立ち尽くし、物々しい雰囲気を醸し出しながら鋭い眼光で部下たちを見ていた。
部下たちは緊迫した様子で、隊列を組む様に整列し、ビシッとしていた。
エンディは、この2人が組織内においてリーダーとしての威厳が確立されていることが手にとる様に分かった。
「エンディ、リーダー格の2人組の顔をよーく見てみろよ。どこかで見たことねえか?」
ユラノスが言った。
「え?いや、初めて見る顔だけど…えっ!?まさか!??」
エンディは始め、2人の顔に全く見覚えがなかった。
しかし、よく目を凝らして見てみると、言われてみれば確かにどこかで見たことのあるような気がしてきて、既視感にモヤモヤしていた。
そして、2人組の男の顔をどこで見たのかようやく思い出した。
エンディは全身に鳥肌がたった。
なぜならばこの2人組の男の顔が、今さっき浜辺で自分に声を掛けてきたあどけない顔をした無垢な男の子達に、あまりにも酷似していたからだ。
30年の時が経ち、2人組の男はひどく荒んだ目つきをしていた。
しかし、浜辺で見た幼い姿の2人と比較すると、確かにどこか面影を感じた。
そのあまりにも変わり果てた風貌にエンディは驚きを隠せず、愕然としてしまった。
「嘘だろ…あのちびっ子がテロ組織のリーダーに…?一体この30年の間に何があったんだ??」
エンディは、信じられないという目つきで2人を見ていた。
「エンディ…お前そもそも、世界一の軍事大国、バレラルク王国の成り立ちは知っているよな?」
「うん、何となくだけど…。元々は50以上の国々が点在していたムルア大陸。各国はそれぞれ大陸の統一を目指し争い始めた。6年前、その大陸戦争に見事勝利したのがバレラルク王国だろ?」
「そうだ。バレラルク王国は500年という歳月をかけてムルア大陸を統一した。つまりバレラルク王国は、数多の民族が入り混じった超多民族国家なんだ。巨大な国にはかなり根深い闇があるもんだ。だからそれだけによ…侵略の歴史を知って、生粋のバレラルク人に対して憎しみを持つ反逆の芽が水面下にたくさん燻ってるんだぜ?」
ユラノスの言葉の意味を、エンディは何となく理解した。
戦争を知らない世代のあの2人は、どこかで歴史の真実を知って歪んでしまったんだ。
そう考えると、エンディは胸が痛くなった。
浜辺で出会った2人の男の子の出自は、遡ること200年前に滅亡したタクト公国という小国だった。
大陸戦争の最中、タクト公国は戦争には一切介入しないと宣言していた、かつてのムルア大陸唯一の中立国だった。
しかし200年前、それを聞き入れる気など毛頭無かったバレラルク王国の兵隊たちによる血の侵略で、あっけなく滅亡してしまったのだ。
2人の男の子は10歳の頃にこの痛ましい歴史の真実を知った。
それが、のちの人格形成に大きな影響をもたらしたのだ。
バレラルク王国に復讐を誓った2人の男の子は時間をかけて同志を募り、10年も経った頃には、組織は世界中から危険視されるほど巨大になっていたのだ。
当初、バレラルク王国側は彼らと幾度となく対話を求め、平和的解決を望んでいた。
しかしその度に彼らは国側の要求を拒否していた。
そして、国内で爆破テロや細菌テロなどの破壊工作を幾度となく起こし、それにより数多くの尊い人命が奪われてしまった。
数々の大事件を引き起こした組織は名実共にテロ組織と化し、到底看過できない凶悪集団と認定されてしまったのだ。
組織の主要メンバー、特に最高指導者の2人組の男は、世界中の軍事機構から殺害命令が下されるほどのお尋ね者になっていた。
「こいつら…最終的には何が目的なんだ?」
エンディは悲しげな表情を浮かべながら、テロ組織の面々を見つめながら言った。
「勿論、国家転覆だ。そして今まさに、こいつらはその決起集会をしている。」
「ユラノスさん…結末はどうなるんだ?」
エンディは恐る恐る尋ねた。
「計画は大失敗に終わる。こいつらの目論見はバレラルク軍によって未然に防がれちまうんだ。メンバーは全員殺される。リーダーの2人は拘束された後に処刑される。」
ユラノスは、彼らの辿る行く末をサラッと言ってのけた。
「こいつらのせいで数多の命が失われるんだ。平和な未来を望むなら、現代に戻ったらすぐにあのガキ共を殺すのも一つの手だぜ?」ユラノスは冗談混じりに言った。
エンディは顔を真っ赤にしながら「そんなこと出来るわけないだろ!」と、ここぞとばかりに反論した。
するとユラノスは、突然指をパチっと鳴らした。
すると、エンディの目の前に広がる景色が、再び一変した。
「今度は何だ…?ここはどこだ…?」
そこは、爆発物の火煙が立ち込める滅びた都市の様な場所だった。
夜明け前なのか夜更けなのか判断が出来ないほど、辺りは薄暗かった。
石造りの建築物は軒並み破壊されており、瓦礫の下には無数の焼死体が乱舞していた。
そして、撃墜されたと思われる戦闘機の残骸も所々に見受けられ、まさに地獄絵図だった。
「此処は、今から更に100年後のバレラルク王国だ。」
ユラノスがそう言うと、エンディはゾッとして空いた口が塞がらなかった。
「どうしてこんな事に…?」
「決まってんだろ、戦争だよ。それも、世界中を巻き込むほどのデケエ規模の大戦が勃発したんだよ。これは、それの成れの果てさ。」
エンディは衝撃のあまり、言葉を失ってしまっていた。
「この時代にはな、核兵器っていう恐ろしい殺戮兵器が発明されたんだ。各国は外国勢力の抑止力として、その核兵器を競い合う様に保有し始めたんだ。初めはそれで均衡が保たれてたんだけどな…ある国がバレラルク王国にぶっ放したのが引き金となり、世界中で核戦争が勃発した。ムルア大陸を含めた地球上の5つの巨大な大陸は、生物も緑も死んで、ほとんど荒地になっちまったよ。」
「嘘だ…どうして!!」
エンディは膝をつき、地面に力一杯拳を打ち付けた。
未来のバレラルク王国の変わり果てた景観を見て、悔しくて悲しくて堪らなかったのだ。
「因果応報だろ。バレラルク王国は太古の昔から、いろんな国を蹂躙しては現地の民族を奴隷の様に扱い、逆らう者は虐殺してきた。その報いさ。」
ユラノスは澄ました顔で言った。
「エンディ、お前魔族どもに大事な麦畑を焼き払われたとか言って激昂してたよな?残念ながらそれも因果応報だ。500年前の風の天生士、つまりお前の前世の男はな、人々が一生懸命育てた農作物を略奪して私腹を肥やしていたんだぜ?その度に俺はあいつを神牢にぶち込んでいたがな。」ユラノスが言った。
神牢とは、当時の神国ナカタムで、所謂懲罰房の様な役割を果たしていた牢獄の事だ。
エンディは、全く自分に身に覚えのない事を指摘され、理不尽な難癖をつけられた様な気分になり、納得がいかない様な表情を浮かべていた。
「人を正しい道へと導く為には、強烈な反面教師が必要なんだ。だから敗戦国のトップは終戦後、戦争犯罪人として裁きを受けて後世へと語り継がれる。でもな…それでもやっぱりだめなんだよ。戦争を知らない世代の人間が権力を持っちまうとよ、どうしてもまた過ちを繰り返しちまうんだ。」
ユラノスはこの上なく悲痛な声色で言った。
「ユラノスさん…こんなもん俺に見せて、一体何がしたいんだ??」
エンディがか細い声でそう尋ねると、ユラノスは待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「エンディ、ここからが本題だ。今見せた通り、仮にお前らが魔族どもを倒して平和な世の中を取り戻したとしても、所詮そんなものは一時的なものに過ぎないんだ。」
「…何が言いたい?」
「魔族どもがいなくなっても争いは終わらねえって言ってんだよ。100年後も200年後も300年後も…幾星霜過ぎようとも、人類はずっと同じ事を繰り返していくんだ。お前、こんな世界を守る為に魔族共と命がけで戦う意味があると思うか?こんな世界、護る価値があると思うか?」
ユラノスが尋ねた。
この質問に、エンディは一体何と答えるのか。
その答えが聞きたいが為にユラノスはエンディの前に現れ、不確かな未来を見せたのだ。
しばらく下を向いて黙りこくっていたエンディは、ゆっくりと顔を上げた。
そして毅然とした態度で、凛として澄んだ真っ直ぐな瞳でユラノスの目を見ていた。
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