輪廻の風 3-63
「トルナド!?トルナドって、あのトルナド!?天生士きっての暴れん坊で有名な??」
ルミエルは高揚して尋ねた。
「はっ、なーにが暴れん坊だよ!俺ぁただ好きな様に生きてるだけだ!俺は誰よりも自由なんだ!」
トルナドは胸を張ってそうに答えた。
「えー!すごい!貴方、超有名人よ!私ね、いつか貴方に会ってみたいと思ってたの!こんなところで会えるなんて…感激!」
ルミエルは両手でトルナドの右手をギュッと握りしめ、大喜びしていた。
生まれて初めて女性から手を握られたトルナドは、恥ずかしさのあまり、茹でタコの様に顔を真っ赤にしていた。
「や、やい!気安く触るんじゃねえよ!怪我してえのか!」
トルナドは照れ臭そうにルミエルの手を振り払った。
そしてすぐさま両足に風を纏い、その場から逃げる様に飛び立とうと試みた。
すると、ルミエルはエイッとジャンプしてトルナドの背中に飛びついた。
「はっ!?おいてめえ何してんだよ!?」
トルナドは反射的にルミエルをおんぶしてしまい、もう何が何だか訳がわからなくなっていた。
「ねえねえ、どこ行くの?」
「腹が減ってむしゃくしゃしてしょうがねえからよ、食えそうなもん持ってる野郎を片っ端から襲撃して奪ってやるんだ!ついでにぶん殴ってやろうとも思ってる!」
トルナドは必死に自分を悪く見せようと、精一杯の虚勢を張った。
しかし、それらはルミエルにはお見通しだった。
「ふーん…じゃあ私も連れてってよ。」
「はぁ!?ふざけたこと抜かしてんじゃねえよ!」
「だって貴方と一緒にいたら、なんか楽しそうなんだもん!お願い!」
無邪気に懇願するルミエルに押し負け、トルナドは渋々承諾した。
そして、背にルミエルを抱えたまま、トルナドは勢いよく空を飛んだ。
すぐに上空100メートル地点まで到達したトルナドは、さらにスピードを上げた。
「ワッハッハー!どうだ!?怖えか!?俺は怖くねえ!なんならもっと高いところまでいってよ、お前を突き落としてやってもいいんだぜ!?」トルナドは心にもない意地悪を言った。
しかしルミエルは、「きゃー!気持ちいい!最高!」とおおはしゃぎしながら、空の旅を心ゆくまで楽しんでいた。
盲目の少女とは到底思えないその肝っ玉の座りぶりに、トルナドは心底驚いていた。
「やい!人の背中でぎゃーぎゃーうるせえぞ!まじで突き落とすぞ!」
トルナドが怒鳴り声を上げると、ルミエルはピタッと声を鎮め、楽しそうにニコリと微笑んだ。
そしてその直後、ルミエルはとんでもない奇行に走った。
なんとルミエルは、トルナドの背中から地上に向かって「えいっ!」と飛び降りたのだ。
なんの前触れもなく、何の躊躇もなく、そしてあまりにも唐突に、上空100メートル程の高さから飛び降りたのだ。
「きゃーー!!」
ルミエルは、まるでバンジージャンプでも楽しんでいるかの様に絶叫しながら、地上へと真っ逆さまに落下していった。
あまりの衝撃にトルナドは絶句して言葉を失っていた。
そして、真っ青な顔をしながら急降下し、すぐにルミエルをキャッチした。
突然の出来事に、トルナドは心臓が止まりそうになった。
ルミエルを救出しても尚、心臓はバクバクと高鳴っていた。
しかし当のルミエルとはいうと、上空でトルナドに両手でその身を抱えられながら、「あー楽しかった!」とはしゃいでいた。
そんなルミエルの態度に、ついにトルナドは怒りを爆発させた。
「馬鹿野郎てめえ!なに考えてやがる!?頭おかしいのか!?」
トルナドに怒鳴りつけられても、ルミエルはケロッとしていた。
「あれえ?さっき私を突き落とすなんて言ってたのは、どこの誰かな〜?」
ルミエルはおちょくる様に言った。
「だ…だからって急に飛び降りることはねえだろ!お前イカれてやがるぜ!」
「だってトルナドなら絶対に助けてくれるって信じてたもん。ありがとね?」
ルミエルは優しく微笑みながらそう言った。
トルナドは、呆れ果てて言葉が出なかった。
完全にルミエルのペースに呑まれてしまっていた。
「トルナドは口は悪いけど、本当はとっても優しくて素敵な男の子だよね!私ね、そういうの分かるんだ!」
「…なんでさっき会ったばかりなのにそんなこと言い切れるんだよ?」
トルナドは横目でルミエルを睨みつけながら言った。
優しくて素敵…未だかつて誰からもそんな言葉を投げかけられたことのないトルナドは、こそばゆい気持ちになった。
「う〜ん、何でだろう?目が見えない分、他の感覚が人一倍優れてるのかな!第六感心の目ってやつかなあ??」
「はっ、下らねえこと言いやがって!」
トルナドは鼻で笑い飛ばした。
どれくらいの時間、2人は空を飛んでいたのだろう。
青空は夕焼けに染まったかと思えば、瞬く間に日が沈み辺りは薄暗くなった。
トルナドは、時間が経つのをこれほど速く感じたことは初めての経験だった。
その間、2人はほとんど会話をしなかった。
たまにルミエルが楽しそうに声をかけても、トルナドはぶっきらぼうな返事をするのみで、会話はほとんど続かなかった。
しかし、2人は一切気まずさを感じることなく、穏やかで心地よい気持ちで空を飛んでいた。
見渡す限り魔族に破壊された都市や街並みは、とても見晴らしの良いものではなかった。
それでも、トルナドは不思議と心が落ち着いていた。
これもまた、初めての経験だった。
すっかり夜が更けると、2人はある小さな山の上空を飛行していた。
その山は魔族によって破壊されておらず、緑が生きていた。
焼け野原と化した大地にポツンと佇むその緑豊かな小さな山は、何か神秘的なものを感じ、トルナドは無意識に低空飛行をし、森林を見渡していた。
夜の静寂に包まれた森の木々が生暖かい風に靡き、小躍りをしている様に見えた。
トルナドとルミエルは同時に、同じくらいの音量でお腹をグーと鳴らした。
「なんか…私もお腹空いてきちゃった。」
「ワッハッハ!ちょうどよく良い森に来たもんだな!ここなら野生動物もまだ生き残ってそうだ!サバイバルといこうか??」
サバイバル。
この響きに、ルミエルは心を躍らせた。
2人は深い森に静かに降り立った。
「お疲れ様!ありがとうね、トルナド!」
ルミエルは地に足をつけると、トルナドに労いと感謝の言葉をかけたが、トルナドは照れ臭そうに無視をした。
「さてと、食えそうなもん探すか。」
トルナドは、野生動物を探そうと辺りをキョロキョロと見渡した。
樹海の木々はどれもこれも樹齢数百年単位の大木で、上を見上げても空など見えないほどに緑で覆われていた。
この真っ暗な深い森の中にいると、まるで深海にでもいる様な気分に浸れた。
風に揺れる枝や葉っぱの音は不気味な静寂さを掻き消すことはなく、むしろより一層不気味さを感じさせた。
何かがいる。
そう直感したトルナドはぴたりと足を止め、真剣な目付きで何者かの襲撃に備えて警戒心を研ぎ澄ませた。
ルミエルも同じだった。
彼女は視覚が無い分、触覚や嗅覚が非常に優れていたため、トルナドよりも早く近くに何者かが潜んでいることに気がついていた。
すると、深い森の奥からカツンカツンと足音が聞こえてきた。
そしてその者は、トルナドの僅か20メートル手前で立ち止まった。
ブロンド色の長髪のその男は、黒い軍服の様なものを身に纏っており、右手に剣を持ったままトルナドとルミエルに体を向け立ち尽くしていた。
暗くて顔はよく見えなかったが、その男からはただならぬ狂気を感じた。
トルナドとルミエルは、その男の醸し出す異様な雰囲気と殺気だった佇まいから、その男の正体をすぐさま察した。
「ワッハッハー!誰かと思えば…ルキフェルじゃねえかよぉ!」
「ルキフェルさん…!」
男の正体はルキフェル閣下だった。
「お久しぶりですね…トルナドさん、ルミエルさん。お迎えにあがりました。」
ルキフェル閣下は淡々とした口調で言った。
驚くことに、このシーンはエンディが初めて見た不思議な夢の内容と非常に酷似していた。
そう、エンディがラーミアと邂逅を果たす前に見た不思議な夢は、500年前のトルナドの記憶の一部であり、あの時目の前にいた得体の知れない不気味な男の正体は、500年前のルキフェル閣下だったのだ。
つまりあの夢は、謂わばエンディの前世の記憶だったのだ。
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