輪廻の風 3-58



各国の戦士と悪党により結成された連合軍は鬨の声をあげながら、続々と魔界城へと押し寄せた。

対する魔族の一般戦闘員達は、それらを食い止めるべく、大慌てで一階へと雪崩れ込んでいった。

世界の命運を賭けた巨大な戦いは、ついに第二幕を迎えた。

一方5階では、ベルゼブが魔界城そのものを破壊しかねない程の威力を秘めた攻撃を繰り出していたが、隔世憑依したノヴァとエラルドはそれらを食い止めつつ、ベルゼブの迎撃に専念していた。

しかし同じフロアでも、一部の空間には異質な空気が漂っていた。

それは、ラーミアの裏切りに驚きを隠せなかったエンディ達によって醸し出されている空気だったのだ。

「ラーミア…嘘だよな…?嘘だと言ってくれよ!!」エンディは悲痛な声色で叫んだ。

ラーミアはクスクスと笑いながら「うん、嘘よ…今までの私は全てがかりそめだった。今が本当の姿よ。」と言った。

「どうしてそんなこと言うんだよ!あり得ねえ!ラーミアが…ラーミアが俺たちを騙す筈がない!」それでもエンディは、ラーミアを信じていた。
きっと、何か止むに止まれぬ事情があるに違いないと、強く自分に言い聞かせていた。

「坊や、一つ良いことを教えてあげるわ?裏切りは…女の専売特許よ。男を欺くことなんて造作もない…。私達は、顔色一つ変えず…脈拍一つ乱す事もなく…平然と嘘をつける生き物なのよ。」
ラーミアは薄ら笑いを浮かべながら、淡々と言ってのけた。

エンディは頭の中が真っ白になってしまった。
そしてラーミアの薄ら笑いが余りにも恐ろしく感じ、それを直視できず、反射的に目を背けてしまった。

すると、カインがすかさずエンディの前に回り込み、自身の両手でエンディの両肩をがっしりと掴んだ。

「落ち着けエンディ!惑わされるな!ラーミアはヴェルヴァルトに操られてるに違いねえ!ラーミアは、ルキフェルが指定した5人の要警戒人物の中でも、最重要厳重警戒対象に指定されていた唯一の天生士だぞ!?現に、冥花軍の連中は総じてラーミアにビビってたじゃねえかよ!?ラーミアが魔族な訳ねえだろ!?」
カインは、なんとかエンディの気を持ち直そうと必死になっていた。

そんなカインを、イヴァンカは鼻で笑い飛ばしていた。

「恐らく、魔族側でラーミアが内通者だと認知していたのはヴェルヴァルトだけだったのだろう。奴は君達を欺く為に、まずは味方であり麾下である冥花軍の連中を欺いたに過ぎない…そう考えれば辻褄が合うだろう?どうやら君達は一杯食わされた様だね。」
イヴァンカは嘲笑しながら言った。

「黙れイヴァンカ!てめえに何が分かる!ラーミアが俺たちを裏切る訳がねえんだ!」
カインはイヴァンカをギロリと睨みつけながら言った。
カインもエンディと同様、ラーミアを信じていたのだ。

しかしそんな2人の気持ちは、イヴァンカの心には微塵も響いていなかった。

「例えどれほど信じ難くとも、目の前で巻き起こる全ての事象は厳然たる事実だ。そこには真実も嘘も、不条理も介在する余地は無い。受け入れ難い現実から目を背け、幻想に縋って生きるなど、実に虚しく惨めだと思わないか?」

イヴァンカは厳しい口調で言った。
エンディとカインはぐうの音も出ず、何も言い返せなかった。

「さあ、早くその裏切り者を殺し給えよ。私が自ら手を下し君達の目を覚まさせてあげてもいいが。」

イヴァンカは酷薄な笑みを浮かべながら剣を抜いた。

すると、そんなイヴァンカの前にラベスタとエスタが立ちはだかった。

「やめてイヴァンカ。何する気?」
「てめえ!ラーミアに手出すんじゃねえぞ!」

2人はイヴァンカを牽制した。

「おい!お前ら落ち着け!」
「フフフ…熱すぎ注意だよ。」
マルジェラとバレンティノも剣を抜き、イヴァンカとカインの間に入った。


「ふっ、まあいいだろう。幻想を信じたが故にかつての仲間に殺されるエンディを眺めるのも酔余の一興に良さそうだ。勝手に戯れ合っているが良いさ。」
イヴァンカは呆れ返った様子で剣を鞘に収めた。

「ククク…くだらねえ。」
アズバールもイヴァンカと同様に、ラーミアが裏切り者であった事実にまるで興味を示していなかった。

「こんなの…こんなの嘘よ…!」
モエーネは泣き崩れそうになるのを必死に堪えていた。

「ラーミア…初めて私と会った日のこと覚えてる??貴女…マフィアの幹部のふりをしていた私にも、分け隔てなく優しく接してくれたよね…?私ね…あの時はツンツンした態度とっちゃったけど、本当はすごく嬉しかったの…!」

「ラーミア…2年前、ユドラ帝国でエンディとカインが闘った時…貴女は初めて会った私の為に心を痛めてくれて、寄り添ってくれたよね…?ねえラーミア…何か訳があるんでしょ?そうだと言って!」

ジェシカとアマレットは過去を振り返り、涙ながらに訴えた。

それでもラーミアは、薄ら笑いを浮かべていた。

「貴女達も馬鹿ね。私は今日まで只の一度も、貴女達みたいな頭の悪い女の事を友達だと思ったことはないわ?2度と私に話しかけないでくれる?」
ラーミアは冷たく言った。

モエーネとジャシカ、アマレットは、ラーミアの心無い一言に酷く心を傷つけられてしまった。

まるで人が変わってしまったラーミアに、エンディ達は驚きを隠せなかった。


「ラーミア…一体いつからだ?いつから俺たちを欺いていた?お前は王都の一般家庭で生まれ育ち、王室の給仕として働いていた。お前が魔族になる隙なんて1ミリたりもと無かったはずだがな…。」

「王都は諜報部員が常に目を光らせてるからねー!それこそギラッギラに!この2年間、海外のスパイや外患誘致罪を犯す恐れのある危険因子はすぐに捕らえていたけど、魔族に通じてる様な奴は1人も報告にあがってこなかったのに、不思議だね〜!」

ロゼとモスキーノは疑問を呈した。


「うふふ…気づかないのは当然、何もあなたたちが間抜けだった訳じゃ無いわ?私は魔族の中でも特別な切り札だからね。私と大王様はね、視神経を共有しているの。魔族の封印が解かれたのが2年前…500年の眠りから覚めた大王様達は、今日まで2年という歳月をかけて理知と力を取り戻し、悠々と血の侵略の準備を進めていた。その際、大王様は私の目を通して全てを見ていたのよ。だから貴方たちの情報は全て筒抜けだったって訳。」
ラーミアは淡々とした口調でその全貌を明らかにした。

"いつから俺たちを欺いていた?"というロゼの問いかけを無視したラーミアに、カインは些少の違和感を感じていた。


「なるほど…ヴェルヴァルトはその情報のみをルキフェルに流し、ルキフェルはそれを元に5人の要警戒人物を指定したってわけか…。」
ロゼは理に適った考察をした。

「御名答。余はラーミアの眼を通して、お前たちの全てを視ていた。」
ヴェルヴァルト大王は得意げに言った。

するとカインはヴェルヴァルト大王を見上げ、皮肉な笑みを浮かべた。

「はっ、2年もかけて俺たちを分析してた割には、冥花軍(ノワールアルメ)とやらは随分と呆気なく散ったもんだな?」

カインは痛い所を突いて挑発をしたつもりだったが、ヴェルヴァルト大王は一切動じておらず、不敵に笑っていた。


すると、突如ラーミアの髪の毛が、まるで意志を持っているかの様にウネウネと波打ちながら動き始めた。

そしてその髪の毛は10本の毛束のようにまとまり、やがてその毛束は10匹の蛇へと変化した。

真っ黒な鱗と深紅の眼を持つ10匹の蛇は、鋭利な毒牙と細長い舌をチロチロと出し、エンディ達を威嚇していた。

その余りにも不気味な出立に、エンディは度肝を抜かるてしまった。

「妾の真の名は"蛇妃(ゴルゴン)"。大王様の覇道を阻む其方たちに死を与える。」

ラーミアは姿だけでなく、一人称と口調までも変わってしまっていた。

最早、みんなが知っているラーミアの面影は微塵も残っていなかった。

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