輪廻の風 3-61



トルナドが神牢を脱獄したのは、神国ナカタムが滅亡して10日後の事だった。

ユラノスの死後、神牢に施された魔術は緩やかに効力を失っていき、丸10日経って完全に効力を失ったのだ。

魔族によって蹂躙された神国ナカタムは、見るも無惨な姿に変わり果てていた。

王都の美しい建築物は軒並み破壊され、人々が住む家屋は焼き払われ、所々に焼死体が転がっていた。

以前は雄大な自然に囲まれた緑豊かな美しい国だったが今は見る影もなく、どこを見渡しても緑など見当たらなかった。

「ワッハッハー!すげえなこりゃ!真っ黒な坊主頭みてえだ!」
トルナドは風の力を利用し、楽しそうに空を飛んでいた。
真っ黒な坊主頭とは、焼き払われた山を揶揄したものだった。

生まれ故郷が滅ぼされ、たくさんの人間が死んだというのに、トルナドは一切心を痛めている様子はなかった。

ユラノスが死に、自由になれた喜びを噛み締めていたのだ。

「うーん…とりあえず腹が減ったなぁ。よし!あの村を襲おう!」
お腹をすかせたトルナドは、山間の集落にある小さな村を標的に定め、風力を上げてその村へと飛んで行った。

その集落は他の地域と比較して、それほど酷く壊滅はしておらず、微かに人の住む気配がしたのだ。

この村には何か食料があるに違いないと、トルナドの鋭い嗅覚が働いたのだ。

トルナドはドンっと勢いよく、目的の村へと舞い降りた。

時刻は昼過ぎ、天気は快晴だというのに、その半壊された村はどんよりとした薄暗い雰囲気に包まれていた。

「けっ…辛気臭え村だな。やい!誰かいるんだろ!?出てきやがれ!俺は腹が減ってる!食えそうなもんは全部持ってこい!逆らったり誤魔化そうとしたらぶっ殺すからな!」
トルナドは腕を組みながら、偉そうに言った。


すると、10数戸のボロボロの茅葺き屋根から、ゾロゾロと人が出てきた。

老若男女が、数にしてザッと30名近くいた。

彼らはボロを着ており、何日も風呂に入っていないのか、体はひどく汚れていた。

そして、彼らは総じて全てを諦めたかの様な悲壮感を漂わせており、表情も暗かった。


「く、食い物なんかねえよ!全部魔族の奴らに盗られちまったよ!」
「俺たちが何日メシを食ってないと思ってやがる!とっとと帰りやがれ疫病神が!」

村人達はおどおどしながら、トルナドに罵声を浴びせた。

どうやら村人達にとって、トルナドは招かれざる客だった様だ。

「あんた天生士でしょ!?私達に食べ物を要求する前に、やることがあるんじゃないの!?魔族達と戦いなさいよ!」
村人の1人である年配の女性が、トルナドを叱りつけた。

「天生士?魔族?知ったこっちゃねえな!奪われたのはお前らが弱っちいからいけねえんだろ!?俺に責任転嫁するんじゃねえよ!」
トルナドは呆れた口調で言った。

「このクズが…!」
「ユラノス様がお亡くなりになられたと言うのに…貴様は何をそんなにヘラヘラしているんだ!」
村人達は歯を食いしばりながら、トルナドに対して怒りを露わにした。

「はっ、だからよう、知ったこっちゃねえって言ってんだろ?もう一度だけ言うぞ!俺は今腹が減ってる!このままじゃ腹と背中がくっついちまう!だからこの村にある全ての食糧を俺に引き渡せ!」

トルナドは、絶望感に打ちひしがれている村人達に、容赦なく追い討ちをかけるように言った。

「飯なんかねえよ!家畜もみんな殺されちまった!畑は焼かれた!見れば分かるだろ!?」
「お前、腐っても天生士だろ!?ユラノス様に仕えてたんだろ!?だったら俺達が盗られた物を魔族どもから取り返してやるくらいの気概を見せてくれよ!」

村人達は、藁にもすがる思いでトルナドに懇願したが、トルナドは聞き入れようとしなかった。

「ワッハッハー!この俺に逆らうとはいい度胸だな!だったら力づくで奪うまでだ!」
空腹で苛立ちを募らせるトルナドは、指の関節をポキポキと鳴らしながら言った。

村を焼かれ食料も底をつき途方に暮れる村人達と、お腹を空かせたトルナド。
両者は、一触即発の状態になった。

すると突如、上空から5つの黒い浮遊物が、それぞれ黒い蒸気のようなものを放ちながら地上に向かって落下してきた。

5体の魔族が村に来襲したのだ。


「うわあぁぁ!奴らが…奴らが来たぞ!」
「みんな隠れろ!!」
村人達はパニックになりながら逃げ惑った。

「ひゃっほー!何だよこの村の連中!まだまだ元気有り余ってんじゃねえかよ!」
「ギャハハ!ぶっ壊せー!ぶっ殺せー!」

村に舞い降りた5体の魔族は、掌から黒い破壊光線を縦横無尽に放った。
半壊状態の小さな村は、更には破壊されていった。

「あ?なんだこいつ?」
「おい!なに突っ立ってんだぁ!?てめえ俺たちの事舐めてんのかよ!」
魔族達は、逃げもせず事態を静観しているトルナドの態度が気に入らなかったようだ。

「どいつもこいつもギャーギャーうっせえなあ…。」
トルナドは後頭部をボリボリかきながら気怠そうに言った。

その態度が癪に障った5体の魔族は、一斉にトルナドに飛びかかった。

トルナドは楽しそうにニヤリと笑った後、修羅の如く暴れ回り、魔族達を一蹴した。

トルナドの予想外の強さに、魔族達は怯えきっていた。

トルナドの暴れぶりは凄まじいものだった。

相手が泣いても喚いても決して手を止める事なく、生き生きとした表情で、楽しそうに魔族達を殴り続けた。

「な…なんだよこいつ!狂ってやがる!」
「野郎ども!一旦退け!ずらかるぞ!」

魔族達の顔面はボコボコに腫れ上がり、顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

彼らは勝ち目のない戦いに見切りをつけ、空中を浮遊し、空へと逃げていった。

「あぁ!?何だよ骨のねえ奴らだな!あーーー完全にスイッチ入っちまった!まだまだ全然殴り足りねえ!やい!誰か殴らせろ!」
トルナドは破壊衝動に駆られウズウズしていた。

すると、魔族の退散を確認した村人達は、避難していた一番大きな家屋から、恐る恐る、ゾロゾロと出てきた。

そして、避難先から外に出た彼らは一目散に走り出し、トルナドを取り囲んだ。

「あぁ?なんの真似だてめえら?殺されてえのか?」トルナドは首の関節をボキボキと鳴らし、身構えていた。

すると、事態は思いがけない方向へ進んだ。

なんと、先ほどまであれだけトルナドを煙たがっていた村人達は、一斉に手のひらを返すように、涙を流しながらトルナドに感謝の意を述べ始めたのだ。

「トルナド〜…お前、オラ達を魔族どもから護ってくれたんだなぁ。ありがとうなあ。」
「おめえ、ほんとは良い奴だったんだなあ…!」

村人達はここぞとばかりにトルナドを褒めちぎり、感謝していた。

更に、トルナドの頭を撫でたり、手を握ったりする者まで現れ始めたのだ。

トルナドは困惑した。
生まれて初めて人々から感謝されたからだ。

こういう時、一体自分はどのような反応を示すのが最適解なのか、皆目見当がつかなかった。

トルナドは言葉を失い、引き攣った顔で呆然としていた。


すると、みすぼらしい老婆が、小さなパンを両手で丁重に持ちながら、トルナドの目の前で止まった。

パンには、少しカビが生えていた。

「トルナド…さっきは嘘ついてごめんねえ。実はね、食料はすこーしだけ残ってたのよ。みんなでなけなしの食糧をかき集めて隠しただけなんだけどねえ。このパンはほんの気持ちだよ…一番綺麗なやつを選んだから、受け取って頂戴。」

トルナドは、みすぼらしい老婆が一番綺麗だと言い張るカビが生えたパンを、ジーッと直視していた。

そして、プイッと顔を右に向け、「いらねえよ。お前らのツラ見てたら食欲失せちまったぜ。」と小声で言った。

「けっ、こんなシケた村2度と来ねえよ!俺の運気が下がっちまう!」
トルナドはそう吐き捨て、逃げるようにして村を立ち去った。

風力を利用して空へと飛び立ったトルナドに対し、村人達は見えなくなるまで手を振っていた。

「さっきは酷いこと言って悪かった!本当にありがとう!」
「トルナドー!また来てくれよな!」

空を飛ぶトルナドは、村人達からの感謝の言葉は耳に届いていたが、一切後ろを振り返らず無視をした。


トルナドは明確な悪意を持って村を襲撃しようとしたのだ。

魔族に蹂躙された土地で生き残った者たちに対し、死体蹴りをしようとしたのだ。

そんな人の道を大きく外れた悪事を働こうとしていたのに、逆に感謝されてしまい、とてもこそばゆい気持ちになったのだ。

そして彼は、人から感謝されて、少しだけ嬉しい気持ちになっている自分に気がついてしまったのだ。
そんな自分に嫌気がさし、トルナドは更に苛立ちを募らせた。

「ああぁぁ!なんなんだよあいつら!ムカつく!あームシャクシャする!よし!目が合ったやつは片っ端からぶん殴ってやる!」

トルナドは次なる襲撃場所を探し求め、猛スピードで空を飛んでいた。


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