輪廻の風 3-33



昏睡状態だったモスキーノとマルジェラは、5日前に意識が戻っていたのだ。

本来ならば目を覚ます目処もなく、医師が匙を投げていたのだが、ヴェルヴァルト大王が王都上空に出現した際、彼の発する禍々しい邪悪なオーラに刺激されて意識を取り戻したのだ。

不幸中の幸いと言うべきか、まるで全身の細胞が警鐘を鳴らしているような感覚に見舞われ、両名は昏睡状態から生還を果たしたのだ。

恐らく、2人の遺伝子に眠るヴェルヴァルト大王に対する恐怖が揺り起こされたのだろう。

そしてヴェルヴァルト大王が王都を破壊する直前、生物の本能で危険を察知したマルジェラはすぐに鳥の姿になり、モスキーノを乗せて早期避難をし、大空へと飛び立った。

それにより、2人は事なきを得たのだ。

そして今日までの5日間、隠れ蓑を見つけては息を潜め、療養をしながら討ち入りの機を伺っていたのだ。

体調もほとんど万全になった2人は、今こそ機は熟したと悟り、打倒魔族に燃え王都へと向かっていた。

その道中で偶然にも、エンディとカインに遭遇した。

マルジェラは2人を乗せ、再び王都を目指した。

すると突如、雷雲はおろか雲一つない闇に覆われた空から雷が落ちてきたのだ。

その雷は、マルジェラ達を目掛けて落雷してきたが、マルジェラは間一髪で躱した。

こんな摩訶不思議な自然現象はあり得ないと感じた4人は、すぐにイヴァンカの仕業だと確信した。

案の定、地上には不敵な笑みでマルジェラを見上げるイヴァンカの姿があった。

「私も連れて行け。君達だけではあまりにも心許ない。」

イヴァンカの上から目線で高圧的な態度に激昂したマルジェラは、絶対にこの男に協力などするものかと頑として拒んだ。

しかし、エンディが「いいじゃん、マルジェラさん。あいつがいれば相当な戦力になる。」と言い、イヴァンカの命令とも呼ぶべき頼みを受け入れたのだ。

カインは始め、マルジェラ同様にイヴァンカの同行には否定的だったが、「エンディがそう言うなら…良い。」と言い、受け入れた。

マルジェラは悩んだ。いくら火急の事態であるとはいえど、イヴァンカの手を借りるなど死んでも嫌だった。

しかし、かつてイヴァンカの手によって両親を含めた一族郎党を虐殺されたエンディとカインの過去を思い出し、少し冷静になった。

幼い時分にイヴァンカによって心に深い傷を負わされたこの2人が、イヴァンカを受け入れ共闘の道を選んだのだ。
それに比べれば、片腕を斬り落とされたぐらいの恨みなど大したことはない。

マルジェラは悩みに悩んだ末、2人の意見を聞き入れて、渋々イヴァンカを乗せることにした。

ちなみにどっちつかずのモスキーノは、イヴァンカが同行しようがしまいが興味はなく、ただひたすらに魔族へのリベンジに心を燃やしていた。

そして現在に至る。
偶然にもこの5人の討ち入り時刻は、ロゼ達の討ち入り時刻とほとんど被っていたのだ。

「お前ら!生きてたか!良かった!」
「ったく、遅えんだよ!」
ロゼとノヴァは、元気そうなエンディ達をみて心の底から安堵していた。

ラーミアはエンディの顔を見た途端、感極まって泣いてしまいそうになるのを我慢していた。

カインはマルジェラの背中から地上へと飛び降り、一目散に妻子の元へと大慌てで駆け寄より、2人を力一杯抱きしめた。

「アマレット!ルミノア!無事だったか!」
カインはこの5日間もここへ向かっている道中も、エンディ達の前では隠していたが、アマレットとルミノアの安否をずっと案じていた。
自分が不在の間、2人の身に何かあったらどうしようと、考えれば考えるほど気が気ではなくなり、とても正気を保っていられなかったのだ。

そのため魔界城に着いてすぐ2人の無事を確認すると、カインは心底ホッとした。

「おい…ところでよ、アマレット。なんでこんな危険な場所に来てるんだよ!?ルミノアまで連れて!!」正気に戻ったカインは、まずアマレットを叱責した。

「危険な場所?今この世界に安全な場所なんてないでしょ?どうせどこにいたって危険な事に変わりないなら、私はみんなと一緒に戦うわ。」アマレットは強気な姿勢で言った。

「いや…確かにそうなんだけどよ…でもルミノアまで連れて来ることはないんじゃねえの??」カインはアマレットの強気な態度に気圧され、若干モジモジしていた。


「ここは敵陣のど真ん中だけど、私にとってはある意味世界一の安全地帯と言えるわ?だって…カイン、貴方が居てくれるから。私たちのこと、護ってね?」
アマレットは優しい顔でカインに微笑みかけ、そう言った。
どうやら、カイン達の勝利を心の底から信じている様だ。
アマレットの腕に抱かれているルミノアは、カインの顔を見ながらキャッキャとはしゃいでいた。

アマレットのこの一言が、カインの心に火をつけた。

「はっ、あまりめえだろ!全く、流石は俺の妻だぜ!」

カインは戦闘モードを全開にし、獄門を見上げていた。

「愛妻家で子煩悩…全く、随分と単純な男になったものだね。まあ、そんな兄さんも嫌いじゃないけどね。」
アベルはカインとアマレットの一連のやりとりをとても微笑ましく思いながら、ボソリと呟いた。

そうこうしているうちに、マルジェラは獄門に向かって一直線に突っ込んで行った。

エンディは凛とした表情で、重厚であり異質な空気感を漂わせている獄門を見つめていた。

そして風の力を纏わりつかせた右手を、獄門に向かって翳した。

すると、凄まじい破壊力を持った豪風が獄門を直撃した。

重厚で巨大な獄門は、たったの一撃で木っ端微塵に弾け飛んでしまった。

「嘘だろー!?獄門が!!」 
「あの分厚い門をたったの一撃でぇー!?」

一部始終を見ていた魔族の面々とロゼが率いていた戦士達は、目玉が飛び出してしまいそうになる程に驚嘆していた。

「よーし!突撃だあー!!」
エンディは開戦の狼煙をあげた。

エンディ、モスキーノ、イヴァンカを乗せたマルジェラは獄門を潜り抜け、強行突破した。


「エンディ達に遅れをとるな!」
「突入だぁー!!」
4000人を超えるバレラルクの戦士達は「うおーーーっ!!」と大声を張り上げながら続々と魔界城へとなだれ込んで行った。

10万対4000。
兵力差は歴然で、余りにも無謀な戦いだった。

しかし、バレラルクの戦士達の目は死んでいなかった。
士気も充分過ぎるほどに高まっていた。

魔界城の内部には、魔族の戦闘員がエンディ達を歓迎するかの様にウジャウジャと蔓延っていた。

魔界城内部の1階フロアはこれまただだっ広い空間だった。
空間を灯す明かりは、真っ黒い壁にかかった数本の大きな蝋燭のみで、なんとも不気味で異質な空間だった。

一階フロアには、ざっと1万体ほどの魔族が待ち構えていた。

そして、外にいた約1万体の魔族の軍勢も、続々と魔界城へとなだれ込んできた。

エンディ達は早速、この夥しい数の魔族達に完全包囲されてしまった。

しかし、エンディは怯むことなく立ち向かった。

「道を開けろぉ!俺が通る!!」

エンディは魔族達に向かって両手を翳し、凄まじい破壊力を秘めた豪風を放出させた。

「うわあぁぁぁ!!」
豪風の直撃を受けた大量の魔族達は、悲鳴を上げながら宙を舞い散っていった。

場内はまさに、風害に見舞われた様な有り様だった。

エンディのこの攻撃により、およそ2000体ほどの魔族達が再起不能になった。

すると、イヴァンカがマルジェラの背中から華麗に舞い降り、エンディに負けじと反撃を繰り出した。

「奴らを殺せー!!」 
「雷帝レムソフィア・イヴァンカ!討ち取ったりいぃぃっ!!」

四方八方から襲いかかって来る魔族達に対し、イヴァンカは強烈な稲妻を放った。

イヴァンカは、剣をたったの一振りしただけで、場内全ての床、壁、天井に激しい電流が走るほどの青光りした稲妻を鋒から放出したのだ。

「ぐわあぁぁぁっ!」「ぐほおぉぉっ!」

例の様に、魔族達は悲鳴をあげながら全身に酷い火傷を負い、その殆どが絶命した。
この攻撃により命を落とした魔族は、ざっと3000体は超えていた。

「華麗なる復讐劇の幕開けだ。今のはほんの余興。さあ魔族の諸君…終劇までの間、とくと楽しんでくれ給え!」
イヴァンカは愉悦に浸りながら、ゾッとする様な笑みを浮かべながら言った。

その魔族顔負けの邪悪な面持ちに、魔族の面々の多くは恐れをなして後退りしてしまった。

すると、今度はモスキーノがとびっきりの笑顔でマルジェラの背中から飛び降りた。
それも、特に敵が集中している箇所を敢えて狙ったかの様に。

「2人ともしっちゃかめっちゃかにしてくれちゃって…美しくないよ!戦い方が!!それにイヴァンカ!幕を引くのは俺だからね!?」

ようやく念願の魔族へのリベンジにありつけることが叶ったモスキーノは、痺れを切らせた様に言った。

突然屈託のない笑顔で、それも無防備に飛び込んできたモスキーノに対し、魔族側は思わず困惑してしまっていた。

するとその直後、モスキーノの笑顔が恐ろしく冷酷非道な表情へと変貌した。

その表情を見た魔族達は寒気がし、背筋が凍りついた。

これは恐怖による寒気だろうと、魔族達は本能的に直感した。

そう思ったのも束の間、恐怖を感じていた魔族達も、付近にいながらモスキーノの姿を確認することができなかった魔族達も、軒並み凍結してしまった。

魔族達は、突然人型の氷の彫刻の様な姿へと変貌してしまった。
宙を浮遊していた魔族達は、バタンバダンと大きな音を立てながら、続々と床へと落下してきた。
モスキーノにより凍結させられた魔族は、2000体近くにまで及んだ。

エンディ、イヴァンカ、モスキーノ。
この3名は、一瞬にして合計7000体以上の魔族を一網打尽にしてしまった。

「つ…強えぇぇぇっ!」「な、なんだよこいつら!?」

あっという間に先手を取られた魔族達は、3人の人智を遥かに超越した強さに恐れをなしていた。

しかし、数では遥かに魔族側が優っている。

5000体近くの魔族達は宙に浮遊した状態で、エンディ達に照準を合わせるようにそれぞれ手を翳し、一斉に闇の破壊光線銃を無造作に放った。

天井から無数の黒光りする邪悪な攻撃が放たれ、エンディ達は視界不良に陥った。

そんな魔族達の攻撃をあっけなく相殺したのが、カインの放った豪火だった。

カインは涼しい顔をしながら構え無しで、触れたら溶けてしまいそうな熱気を帯びた炎を放出したのだ。

沸々としたマグマの様な強大な豪火は、場内の高い天井に向かって巨大な火柱の様に昇っていった。

「道を開けろっつってんだよ。相棒が通れねえだろ?」カインは得意げな表情で言った。
相棒とは無論、エンディのことを指している。


しかし、そんな天生士達の猛追を、魔族側がいつまでも放っておくはずがなかった。

ついに、冥花軍(ノワールアルメ)の精鋭メンバー達がその場に姿を現した。

現れたのは、ルキフェル閣下とジェイド、ポナパルトを殺したメレディスク公爵の3体だった。

彼らは天井を破壊し、上の階から一階フロアへと降りてきたのだ。

モスキーノは因縁のルキフェル閣下を見た途端、目の色を変えた。
「会いたかったよ!ルキフェル閣下ぁ!!」

狂気を感じさせる叫び声を上げるモスキーノとは対照的に、イヴァンカは冷静な面持ちでルキフェル閣下を見つめ、再戦を望み密かに心を躍らせていた。

「イヴァンカは譲りますけど…エンディちゃんとカインちゃんは俺にぶっ殺させてくださいねえ!閣下ぁ!!」
ジェイドはエンディとカインを睨みつけながら、すぐ隣にいるルキフェル閣下に懇願した。

一方で、ロゼ達は思いがけない事態に焦っていた。
ロゼ一行40名は、魔界城へ突入せず未だ破壊された獄門前に居た。

魔界城に一番乗りで辿り着いた40名のロゼ一行は、魔界城についた時点ですぐに作戦を実行する手筈だった。

彼らが5日をかけて練った作戦は、たったの40名で魔族達に打ち勝つ算段を想定した、一か八かの大博打の様な策だった。

ところが、国を見限った戦士や市民4000名が団結して現れたこと。
エンディ達が自分たちとほぼ同時に魔界城に辿り着いた事。
そして、作戦を一切知らない彼らが魔界城へと突入してしまった事。
その何もかもが想定の範囲外だったのだ。

「おいおい!あの馬鹿ども、中に入っちまったぞ!?」 
「こりゃ大番狂わせだな…。国王、どうしますか?」

エラルドとノヴァは、想定外の出来事にオロオロとし始めた。

アズバールはチッと舌打ちをし、苛立ちを募らせながら激戦地帯と成り果てた魔界城内部の様子を静観していた。

「エンディ…。」
「どうしよう、カインも中に入っちゃったよ。」
ラーミアとアマレットは、魔界城内部で傍若無人に暴れ回るエンディとカインの様子を呆然と眺めていた。

ロゼは黙りこくったまま、何も言葉を発さなかった。

すると、エスタが「おいロゼ、黙ってねえで何か指示を出せよ。」と偉そうに言った。

「ちょっとエスタ!そんな言い方ないでしょ!」
「そうだよ!こんな状況で国王様を急かさないで!」
ジェシカとモエーネは、強い口調でエスタに注意をした。

そして、ついにロゼが重い口を開いた。

「…作戦は当初の予定通り、滞りなく実行させる。ヴェルヴァルトは俺たちだけでぶっ倒すぞ…!」ロゼは悩んだ末に決断を下した。

「フフフ…そうこなくっちゃねえ。俺もそうするべきだと思っていましたよ。ある意味、エンディ達は良い陽動になってますからねえ。」バレンティノは不敵に笑いながら言った。

「エンディ達を一時的に閉じ込めちゃう事になるけど、仕方ないよね。元々僕達だけでケリ付けるつもりだったし。」
アベルは冷静に現在の状況を分析していた。


「よし!ラーミア!アマレット!急いで準備を整えろ!気張れよてめえら!作戦開始だ!!」

ついに、5日間練りに練られた作戦が実行に移される時が訪れた。























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