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緊急事態のためのマニュアルはどうせ読まれないかも知れないけど、それでも作っておいたほうがいい

本件、特に目新しい話題でもないのですが、一度あらためて文章にしておいたほうが良いかなと思った出来事が最近ありましたので、自分の考えを整理する意味も含めて、書いておきたいと思います。

本稿のタイトルにある「緊急事態のためのマニュアル」というのは、実際には次のように様々なタイトルがついている文書の総称とお考えください。実際に書かれている内容はそれぞれ異なるのですが、本稿の内容はこれらに共通して当てはまると考えています。

- 災害対応マニュアル
- 緊急事態対応マニュアル
- 危機管理マニュアル
- コンティンジェンシープラン

(これら以外にも様々なタイトルがあり得ますし、「マニュアル」が「計画」もしくは「手順」になっているものもあります。)

これらのような、緊急事態のためのマニュアルに関してよく言われる意見は、「いざという時にマニュアルは役に立たないので、作る意味がない」というものです。私自身がこれまで聞いた範囲では、このような意見の根拠は概ね次の 3 種類に集約されるように思います。

1) 本当に差し迫った事態になったらマニュアルなど読んでいる余裕はない
2) 緊急事態においては、その場の状況に応じて臨機応変に判断・行動することが重要であり、マニュアルがあると、それに縛られてしまうので良くない
3) 実際に緊急事態に直面した方の経験談として、「結局マニュアルが役に立たなかった」、「マニュアルが無かったがうまく対応できた」というような話をよく聞く

特に、実際に緊急事態を切り抜けた方々の体験談には説得力があります。こういう話を聞くと、多くの方々が「手間暇かけてマニュアルを作っても無駄なのではないか?」と思ってしまうかもしれません。ちなみに映画『シン・ゴジラ』では、都知事に「災害マニュアルは、いつも役に立たないじゃないか!」というセリフがあるそうですが(注 1)、こういうセリフが一定のリアリティをもって受け入れられるのも、まあ分からないでもありません。

では結局のところ、緊急事態のためのマニュアルは作る必要がないのでしょうか?もしくは、作っても無駄なのでしょうか?

このような問いに対して、私は「それでもマニュアルは作っておいたほうがいい」とお答えします。

念のために申し上げますが、私は上に挙げた 1) 〜 3) が間違いだとは思っておりません。緊急事態においてマニュアルを読む余裕もないくらい切迫することは十分あり得ますし、その場の状況に応じて臨機応変に判断・行動することが重要なのは、私があらためて申し上げるまでもありません。ましてや緊急事態対応を経験された方々の意見を否定するなど、もってのほかです。それでもなお、「マニュアルは作っておいたほうがいい」のです。

以下、私が「それでもマニュアルは作っておいたほうがいい」と考える理由、つまりマニュアルの存在意義についての考えを述べさせていただきますが、その前に 2 つの前提を共有しておきたいと思います(これらがズレていると議論が噛み合わなくなります)。

1 つめの前提は、マニュアルの内容や使い勝手は別問題だということです。もしマニュアルの内容が不十分だったら、それが緊急事態で役に立たないのは当たり前ですし、使い勝手が悪かったから使えなかったというのであれば、使い勝手を改善すべきです。初歩的な例ですが「マニュアルがどこに置いてあるか分からなかったから緊急事態のときに使えなかった」というのは、保管のしかたの問題や訓練不足であって、マニュアルそのものの存在意義とは関係ありません。

マニュアルの内容や使い勝手をどうすべきかという話は、それだけで別の原稿が書けるくらいの話題ですので、別の機会で触れるとして本稿では割愛させていただき、以下の議論は「マニュアルの内容や使い勝手に問題がない」という前提で進めさせていただきます。

2 つめの前提は、事前(つまり平常時)のうちにマニュアルに書いておけることと、事前には書けないことがあるので、その区別は必要だということです。

一般に、緊急事態に対応するためには、非常にたくさんの業務をこなす必要がありますが、それらの業務の中には、どのような事態が発生したとしても同じように行う業務と、その時の状況によってやり方が異なる業務とが混在しています

例えば、多くの企業や政府・自治体などの公的機関など様々な組織で、何らかの緊急事態が発生すると「○○対策本部」を設置することが決められていることがあります(具体的な名称は組織によって異なります)。これは発生した事象が何であれ、ある程度のレベル以上の緊急事態が発生したら設置されますし、設置される場所や、用意される資機材、招集されるメンバーもあらかじめ決まっています(注 2)。このような業務については事前にマニュアルを書いておくことができます。

一方、その時の状況によってやり方が異なる業務については、事前にマニュアルを書くのは難しいかも知れません。もし起こりうる状況の深刻度合いが 3 段階くらいにパターン化できるのであれば、松・竹・梅の 3 とおりの手順を書いておくといった方法もありますが、そのようなパターン化が難しい場合は、事態が発生してからその場で対応策を考えるしかないかもしれません。このようなものまで事前にマニュアルを作ろうとするのは合理的ではありません。しかも、緊急事態においては予期しなかった事が次々に起こるものです。予期できないことに対応するための方法を、あらかじめ考えておくことができませんので、そのようなものは文書化できません

本稿ではこのような現実を受け入れて、事前にマニュアルに書いておけることと、事前には書けないことを区別し、事前に書けないことを無理に文書化しようとしないという前提で、「事前にマニュアルに書いておける」部分のマニュアルを作っておくことの意義について述べていきたいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、以上のような前提が共有できたところで、「それでもマニュアルは作っておいたほうがいい」と私が主張する理由を、3 つの観点から述べさせていただきます。

【観点 1】 事前に書ける部分だけでもマニュアルにしておけば、緊急事態において考えるべきことを減らせる

前提の 2 つめで述べたとおり、緊急事態において行うべきことを全てマニュアル化できる訳ではありません。しかしながら、事前にマニュアルに書ける範囲だけでも書いてあれば、その部分についてはマニュアル通り機械的に作業すれば済むので、考えることを減らせます。他の人に指示する場合でも、「このマニュアルの 10 ページから 12 ページまでやっといて」と言って済ませられるので楽になります。このように、考えるべきことをできるだけ減らすことによって、本当にその場で考えなければならないことに集中しやすくなります

【観点 2】 マニュアルを作る作業を通して緊急事態を疑似体験できる

これは私自身がコンサルティングの仕事を通して実感していることですが、マニュアルを作る時には緊急事態においてどのような状況になるかを想像しながら作ります。緊急事態においてどのような手順が必要かを考え、自分がそのような状況に置かれたとしたら、どのような事が書いてあってほしいか、どのような体裁やレイアウトで書かれていると見やすいか、などを徹底的に想像する必要があります。したがって、より具体的に想像できるほど、より使いやすいマニュアルになります。

このように、緊急事態の状況を具体的に想像しながらマニュアルを作ることが、緊急事態を疑似体験することになり、机上演習と似たような効果が得られます。したがってマニュアルを作成する際には、緊急事態で実際にその業務を担当する方が、ご自分でマニュアルを作成することをお勧めします。担当者ご自身がマニュアル作成を通してそのような疑似体験をすることで、マニュアルの内容が頭に入りやすくなると思いますし、マニュアルを読む余裕がないくらい切迫した状況に置かれても、うまく切り抜けられる可能性も高まるでしょう。

逆に、もしマニュアルを作る作業を私のようなコンサルタントに丸投げしてしまうと、緊急事態を疑似体験する貴重な機会を逃してしまうことになります。これは非常にもったいないと思いますのでお勧めしません(もちろん、それでもご依頼があれば対応させていただきます)。

【観点 3】 マニュアルがあれば緊急事態への対処方法やそのための準備状況を事前に確認・検証できる

緊急事態への対処方法がマニュアルなどの形で事前に文書化されていれば、対処方法がどこまで検討されているのか、未検討の事項がどれだけ残っているのか、などが分かりやすくなりますし、そのような対処方法が適切かどうか、実行可能かどうか、検討に漏れがないか、などを確認・検証できるようになります。また、緊急事態への対処にどのような資機材が必要なのか、それらが十分準備されているのか、などを確認する根拠にもなります。

後述する演習にも共通して言えることですが、対処方法や内容が何らかの形で文書になっていないと、上のような確認や検証を具体的に行うことができません。このような観点でも事前にマニュアルが作成されていることが非常に重要です。

【観点 4】 マニュアルがあれば訓練や演習の内容を具体的に決められる

緊急事態への備えとして、適切な対処行動ができるようになるための訓練や、そのマニュアルに沿って適切に対処できるかを確認・検証するための演習が不可欠です(注 3)。

このとき、もし緊急事態における行動がマニュアルなどの形で文書化されていなければ、どのような行動のための訓練や演習が必要なのかが分かりにくくなりますし、どこまで訓練や演習を実施済みなのか、あとどれだけ残っているのか、なども曖昧になります。もちろん訓練や演習の実施計画を別途作って進捗管理すべきですが、そのような計画を作るための前提として、対処方法のマニュアルが必要です。マニュアルがなければ訓練や演習の実施計画に漏れがないかどうか、確認しにくくなります

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本稿で述べた 4 つの観点は、冒頭の方にお示しした「いざという時にマニュアルは役に立たないので、作る意味がない」という意見の根拠 3 つに対して、一対一で対応してはいないものの、ひととおり反論できていると考えておりますが、いかがでしょうか。

本稿をお読みになったことで、緊急事態のためのマニュアルに対する考え方が少しでも変わったならば、これまで作成をためらってきたマニュアルの作成を再検討するとか、既存のマニュアルをあらためて見直してみるなど、何らかの具体的な行動に移していただければ幸いです。長文になりましたが最後までお読みいただき、ありがとうございました。


【注釈】
1) セリフは下記 URL にある福和伸夫先生の記事から引用させていただきました。私自身は『シン・ゴジラ』の台本自体は未確認です。
Yahoo! ニュース:『映画が教える「見たくないこと」から震災対策を考える』(2017/8/14)
https://news.yahoo.co.jp/byline/fukuwanobuo/20170814-00074482/ (最終アクセス:2020/5/23)

2) 事象の種類によってメンバーの一部が変わる場合があります。

3) 「訓練」と「演習」という用語の使い分けについては、下記リンク先にて別途説明させていただきましたので、あわせてご参照ください。
弊社 Web サイト:『「演習」と「訓練」は使い分けるべき』 https://office-src.biz/3bojTcU

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自動車メーカー、半導体製造装置メーカー勤務を経て、2005年よりインターリスク総研等にて事業継続マネジメント(BCM)や災害対策などに関するコンサルティングに従事した後、2019年に独立。The Business Continuity Institute(BCI)日本支部事務局。
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