見出し画像

『ハウスキーパー』

「行ってくるよ」
玄関を出るご主人を、細い腕をキコキコ振って見送り、戸締りをした。

ここからが私の仕事。

大きな家具を避けながら部屋の隅々まで細かいゴミを吸い集める。
おそらく人の目には映らないであろう隙間も見逃さない。
ゴミの塊は専用ボックスに廃棄する。絡まった毛が引っかかって少し厄介。

続いて、窓拭き。
精いっぱい腕を伸ばして、届く高さまでピカピカに磨き上げる。一番上まで拭けないのがいつも悔しい。そのうち腕を拡張してもらえるよう、頼んでみよう。
窓の外を見ると、黒ブチ柄の猫がこちらをチラリと見ながら悠々と庭を横切っていく。こちらが手出しできないことを分かっている余裕。カメラを立ち上げて、その生意気な風貌を撮った。

遠くから高いエンジン音が近付いてきて、家の前で止まる。
外で動く人の気配。私は警戒しながら玄関の扉に向かってカメラとマイクを構えた。
何かが落ちるカタンという音が聞こえたあと、エンジン音が遠ざかるのを聞き届けて、私は仕事に戻った。

出入りの多い扉の蝶番をチェックして、少しでも軋みがあれば薄く油を差す。
引き戸が巻き込んだ小さなゴミの回収も怠らない。

ご主人の帰宅時間が近付くと、エアコンを入れて風呂場の給湯システムをオンにする。

日が傾いて薄暗くなってきたころ、壁に設置された大きな黒いモニターがかすかに起動し、その下にあるコントロールパネルのデジタル時計が点灯した。
得意の掃除だけでなく、空調も照明も私が管理しているのに、テレビの操作は今の私の管轄外だ。
赤く点滅する「録画中」のランプが誇らしげに見えた。

「ただいま」
帰宅したご主人を歓迎して、私は廊下でくるくる回る。
もちろん戸締りの確認は怠らない。

人感センサーで明るさを増したリビングに入ると、ご主人は服をゆるめてソファに腰かけた。満足げに大きく息をついてくつろぐ姿を見て、私も満ち足りた気持ちになる。
「今日もあの猫くんが来たんだね」
ご主人は私の今日の記録を見ながら、美味しそうにビールを飲んだ。

風呂から上がったご主人が録画した番組を眺めながらまどろむ。
天井のライトが静かに照度を下げた。

一日の役目を終えた私はステーションに戻り、明日に備えて体内に電気を補充しながら眠りについた。

スキやシェア、コメントはとても励みになります。ありがとうございます。いただいたサポートは取材や書籍等に使用します。これからも様々な体験を通して知見を広めます。