絵本用素材1

『おばあちゃんの人形』

おばあちゃんと最後に会った日を今でもよく覚えています。

病院のベッドに横たわったまま、おばあちゃんは私の手に革でできた茶色い人形を握らせて、人形ごと私の小さな手をなでてくれました。
おばあちゃんの手は細くてしわが寄っていたけれど、すべすべで透けて見えるほど白い肌でした。

おばあちゃんのお父さんは、革職人だったそうです。
無口でしかめっ面で、仕事ばかりしていて、一緒に遊んでもらった記憶もなくて、おばあちゃんが覚えているのはその後ろ姿と、大量の革のにおい。

ある日、おばあちゃんのためにこの人形を作ってくれたそうです。
お父さんは感情を表に出さない人だったそうですが、にっこり笑った人形の表情にお父さんの優しさがこもっていました。

そして今まで人形を大事にしてきたおばあちゃんの愛情もこもっていました。
革の表面には光沢があり、そのしなやかさは手によくなじみました。

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小学生だった私は、ランドセルの横にその人形を下げました。
他の女の子たちはカラフルでふわふわしたアクセサリーを下げていて、とても可愛かったけれど、それ以上に私はおばあちゃんの人形を気に入っていました。

中学、高校とカバンが変わっても、そこに下がる私の人形は変わりませんでした。
革の人形は、年数を重ねるたびに光沢としなやかさが増していきました。

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大人になった私は、ある人を好きになりました。
彼とまた会えますようにって、おばあちゃんの人形を握りしめて祈りました。

やがて、彼と一緒になった私に女の子が生まれ、男の子が生まれました。
その成長を見守りながら、悩みながら、いつも茶色い人形を握りしめました。
人形はそのたびに、ぴかぴか光っていきました。
子育てと家事に追われる私の手は、いつも赤くふくれてケガが絶えませんでした。
白くて細くてすべすべしていたおばあちゃんの手とは似ていなかったけれど、充実した毎日でした。

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娘は真っ白なお嫁さんになりました。
息子には可愛いお嫁さんがきました。
そして、真っ白い肌の赤ちゃんが生まれました。

透き通るようなその肌は、おばあちゃんのすべすべした手を思い出しました。

孫娘が生まれたうれしさで、私は満ちあふれていました。
毎日のように洗濯をして掃除をしてご飯を作って洗い物をして、孫娘を抱っこしました。

おばあちゃんからもらった革の茶色い人形は、いつもそばにいました。
人形をまねてお絵かきをする孫娘を眺めて幸せを感じました。

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働く私の手は年と共に乾燥してひび割れ、深いしわとしみが増えていきました。

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さらに年数が経ち、年を取った私は足が立たなくなり、ついにベッドから起き上がれなくなりました。

お見舞いに来た孫娘はいつもその白い手で私の手を握ってくれました。
自分の手を持ち上げる力も徐々になくなっていき、私はおばあちゃんの人形を渡す時がきたと思いました。

革の人形をぎゅっと握る孫娘の手を、私はあの日のおばあちゃんと同じように包んでなで続けました。
私の手は、いつの間にか細く透けて見えるほど白くなっていました。
おばあちゃんの白い肌は、私にも受け継がれていたのです。

絵本用素材5-3

幼かった私の手をおばあちゃんが包んでくれた光景を今でもよく覚えています。
成長してすらりと長い孫娘の指を包みながら、私はおばあちゃんよりずいぶん長く生きたんだなと思いました。

幼い頃から絵と文章を書くことが好きだった孫娘は、私のこれまでの話を何度も何度も熱心に聞いてくれました。平凡でなんの取り柄もない私の人生が、不思議と色鮮やかに感じられました。

「おばあちゃんの人形とおばあちゃんの物語は、私に任せてね」

孫娘の言葉を聞いて、これ以上望むことは何もありませんでした。

終(1499文字)

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【あとがき】

土屋鞄製造所さんの絵本コンテスト「長く大切にしたいもの」に応募するために書いた物語です。
(締切日を覚え間違えていたため、間に合いませんでした)

絵本というと幼児向けの印象がありますが、今回は土屋鞄さんのランドセルにまつわる企画でしたので、小学生が読める挿絵付きの物語を想定して書きました。

イラスト素材は以下のサイトから加工のうえ使用させていただきました。(敬称略)

テクスチャ、写真:フリー素材のぱくたそ

人形、人物:シルエットデザイン

フォント:全児童フォント

誠にありがとうございました。

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