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『ヨーグルトからシューズへ』-工房2-

ショーケースに並べたヨーグルトを見て、男は一息ついた。
完成した素材は朽ちることなくその姿を保ち続ける。

作品を仕上げるまでは本当に大変だった。
必要に応じていくつも買い込んだヨーグルトは、次々と賞味期限を迎える。
悪くなる前に食べる。
そして不足したヨーグルトをまた買い増す。
作品に取り組んでいる間も常に、どれかのヨーグルトの賞味期限がやってくる。

永遠に終わらないのではないか。

そんな不安とともに過ごした2ヶ月は、ショーケースに並んだ完成品を眺める事で深い満足感に変わった。
懐かしさすら覚えながら、賞味期限を気にしなくて良くなったヨーグルトをゆったりと眺める。

「さて、と」

次の作品に取り掛からねば。
工房で出番を待つ素材がある限り、男の構想に休む暇はなかった。
室内をぐるりと見渡す。
終わりはくるのだろうか。

『誤算』が寄ってきて、男を見上げた。

なぜか『誤算』だけは、ショーケースの外に出て工房内を自由にうろうろと巡ることができた。
素材もなく想定もしていなかったという意味で名付けた『誤算』だが、決してその存在が誤算であるわけではない。
むしろ、核となる素材がなかったから縛られない存在なのかもしれない。
必要があってこの工房にきたのだ。

「さて、」再び男はつぶやく。「次はどれにしようか。」

『誤算』が奥の棚に向かい、数段飛び上がるとこちらを振り返った。
そこは少し古い棚だ。

男が覗くと、埃をかぶった横板の上に、一足のシューズを見つけた。
それなりの距離を歩いて履きこなされたそれは、薄汚れて、あの日のままの姿でそこにいた。

「おぉ」なんと懐かしい。

男は手を伸ばして、一瞬ためらって手を止めた。
『誤算』は不思議そうにシューズと男の手とを交互に見る。

意を決したように男はシューズを手にした。

フッと軽く息を吹きかけ、表面の埃を飛ばす。
白く見えたそれは、手の中で角度を変えると青く見えた。
シューズの側面に縫い付けられたブランドロゴのステッチを、男は懐かしそうに撫でた。

目を閉じて遠い物語の旅に出た男のそばに、『誤算』はそっと寄り添った。

終(853文字)

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