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フィールドワーク



記述言語学を専門としているL博士は宇宙開発プロジェクトチームに招かれ宇宙船である惑星に向かっていた。言語や文化も記録するために人文系の研究者も多く参加していた。

目標の惑星は水が存在し気候も温暖、ヒトに限りなく近い高等生物が棲んでいる模様。宇宙船は高度を下げ大気圏に突入すると地球にかなり似た雲が浮いているのが見えた。

建物が見えないだだっ広い平地を選んで着陸。地球の単位でいうと半径5km以内に住民が棲んでいる気配はなし。現地住民が多く定住していると思われる市街地まで宇宙船で地上走行した。

 途中で一人の現地民を発見。宇宙船を停めて話しかけることにした。何か考え事をして椅子に腰かけている。暇そうだったのでインフォーマント(協力者)としてかなり適任そうだ。

地球人によく似た容姿をしている。博士一行が近づくと当然驚いたような顔をされた。博士は持っていたスケッチブックにぐしゃぐしゃと落書きをし、それを見た現地民の発話を聞き取り音声記号でメモを取った。これがWhat is this?に当たる表現なのだ。その魔法の言葉を手にしたことにより語彙力を増やし初歩的な構文をいくつか用いて自己紹介できるようになった。

会話をする中で他星から来た大使などに応対する宇宙省なる官庁があるらしいことがわかった。

一行はさっそく宇宙省に出向いた。先ほどのインフォーマントとの会話で身につけた単語と文法を用い、地球という星から我々はこの星に調査に来ている。この星と地球で友好関係を結びたい。と発話した。

しかし宇宙省の関係者たちは全く意味を理解していない様子だった。L博士は言語記述に失敗したのだろうか。博士は全く腑に落ちない様子でいた。悔しいのか、博士は郊外であの現地住民にしたように、落書きを彼らに見せ言語を記述し直した。そして少ししたのちに驚いたように博士はプロジェクトメンバーたちに言った。

「この星では個人個人で違う言語を用いているようだ。同じ物体を指し示しても全員バラバラな単語を発する。どうしたものか。お互いに通じない言葉を話したところで言語の存在する意味がないじゃないか。」

 突然、博士の頭の中でテレパシーのように声が聞こえてきた。「私はこの星の言語学者です。先ほどあなたたちの言語を記録して文法を整理し、今あなたたちに語りかけている次第です。」近くを見ると一人の現地民が近づいてきた。どうやら声の主らしい。そしてその言語学者らしき人物が音声言語で話しかけてきた。

「我々の思考を読み取るなんて、なんと進んだ技術なのでしょう!是非お教えください!」

地球人一行は全く何を言われてるのか理解できずざわざわした。数秒経ってL博士は合点が行ったような面持ちでつぶやいた。

「なんてことだ、音声言語で会話しない生物もいるのか、想定外だった」

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