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決めつけてはいけない!

 先日、日本で名物ラーメン店主になったイタリア人、ジャンマリオーリ・ジャンニさんの半生をキャリア開発理論をからめて紹介しました。元ネタは、東洋経済オンラインに掲載されたジャンニさんの成功談です。
 ジャンニさんの成功談は、創造性が発揮される条件という点でも、示唆に富んでいます。今回は、そのことに触れたいと思います。

ジャンニさんとキャリア開発理論の記事はこちら

元ネタの『東洋経済オンライン』記事がこちら



1.ジャンニさんにラーメン作りを勧めなかった日本人妻

 
 ジャンニさんはタイで知り合った日本人女性、知枝さんと恋に落ち、日本にやってきます。知枝さんの実家はラーメン屋さんでした。ジャンニさんは、はじめてラーメンを食べたときから、すっかりラーメン好きになります。

 ジャンニさんはラーメン店を手伝おうと考えるのですが、知枝さんは「ラーメン屋を手伝うのは無理」と答え、イタリア料理店で働くよう勧めます。ジャンニさんは釈然としないながら、知枝さんのアドバイスに従います。

 自分を愛して日本までついて来てくれたジャン二さんが自分の実家のラーメンを気に入ってくれ、店を手伝おうと言ってくれる。知枝さんにとって、こんな嬉しいことはないはずです。それなのに、なぜ、知枝さんは「ラーメン店は無理」と言ったのか? この背景に、この記事のテーマが隠れています。

2.妻の危惧が現実のものに


 ラーメンが大好きになったジャンニさんは、イタリア料理店で働くかたわら、ラーメンの作り方も覚えていきます。そんなころ、厨房を任されていた中国人スタッフが帰国することになり、ジャンニさんが跡を継ぎます。

 そこで、ジャンニさんは思ってもいなかった事態にぶつかるのです。

お店に入って私の顔を見て出ていく人が毎日3~4人はいました。ショックとストレスで何度も辞めたいと思いました

『東洋経済オンライン』記事/太字化は楠瀬

 これはショックです。食べてからマズいと言われるのはもちろんショックですが、それは自分の腕についての評価です。
 顔を見ただけで食べもせず出れ行かれたら、自分の存在を否定されたように感じると思います。
 
 ジャンニさんは、気づきます。

『外国人がラーメンなんか作れるわけがない』と思われていたんだと思います。そもそも外国人が好きではない人も多かったと思いますし、味がわかっていないと判断されていたんだと思います。都心にはまだ外国人のラーメン店はあったかもしれませんが、ここは田舎なのでなおさらだったんです」(ジャンニさん)

『東洋経済オンライン』記事/太字化は楠瀬

 知枝さんがジャンニさんにラーメン作りを勧めなかった理由は、ここにあったのです。日本人である知枝さんは、日本人の間には外国人にラーメンを作れる《わけがない》という見方が根強いのではないかと感じ、それがジャンさんを傷つける事態を危惧していたのです。

3.起死回生のオリジナル・メニュー


 リーマンショックや東日本大震災などの影響で売り上げが落ち込んでいきくなか、知枝さんは店をやめてもよいと言ってくれるのですが、ジャンニさんは諦めませんでした。

 ここで、外国人が作るラーメンに対する壁の厚さを知り抜いていた知枝さんが、その壁を打ち破るきっかけを与えてくれます。ジャン二さんが営業が終わった後にまかないとして作っていたイタリア風油そばに目をつけ、

「これ美味しいからメニューにしてみよう。ダメだったらやめればいいから」

『東洋経済オンライン』記事

と勧めたのです。知枝さんの予想は見事に的中。油そばは若いお客さんに一番の人気メニューになります。

 これをきっかけにジャンニさんは次々とイタリア風のオリジナル・メニューを開発し、お店は大繁盛するようになるのです。

4.「わけがない」わけが、ない

 
 ジャンニさんに「外国人がラーメンなんか作れるわけがない」という冷たい眼差しを向けた日本人は、その後の展開に裏切られることになります。今では、ジャンニさんの店は、地元だけでなくメディアでも取り上げられる有名店です。

《「外国人がラーメンなんか作れるわけがない」わけがなかった》

のです。

 科学の進歩の歴史を振り返ると、新発見や新発明の多くが、それが発見・発明されるまでは「そんなわけがない」と思われていたことがわかります。

 古くはガリレオ・ガリレイの「地動説」です。彼の説は当時の社会で絶対的権威を持っていた教会から「地球が回っているわけがない」と全否定されます。学説が否定されただけでなく罪人として裁かれ、存在までが否定されたような形になってしまいます。
 先行して地動説を提唱したコペルニクスは、これを死の間際まで発表しなかったので、教会との対立は免れたようです。 

 ヴェーゲナーの大陸移動説も、同時代の地質学者たちから「大陸が動くわけがない」と否定されました。ヴェーゲナー自身は気象学者だったため地質学者たちが「門外漢が何を言うか」という反感を持ったことも、彼に不利に働きました。

 イーロン・マスクのEVメーカーに名を留める発明家の二コラ・テスラは、エジソンが経営する電灯会社で交流発電機を提唱して、直流発電機を支持するエジソンに解雇されています。
 そのとき、エジソンが「交流で発電できるわけがない」と言ったかどうかは定かではありませんが、そう考えていたことは間違いないでしょう。しかし、科学的な真実は、テスラの側にありました。

 こうして見ていくと、新しいアイディアに触れて反射的に「そんなわけがない」と思ったら、即座に《「そんなわけがない」わけがない》と思い直す方が良さそうです。

5.決めつけないことが創造性の扉を開く

 
 認知科学の世界では、私たちが日常生活を円滑に送るために無意識のうちに入力情報にフィルターをかけていることが知られています。専門用語では「制約」と言います。

私たちの日常では利用できる情報や検討すべき答え、留意すべき事項などの候補が無数にある。しかし私たちの多くは、あまりに特殊な出来事の可能性までをわざわざ意識して吟味することはない。「わざわざ意識して考えるまでもないこと」が意識に上ってこないよう抑制し、収集し考えるべきことに情報を絞り込むというフィルター的役割を果たすのが制約である。

阿部慶賀『創造性はどこからくるか』(共立出版2023年)から抜粋

 ところが、新しいことを生み出す創造性を発揮するためには、これまでの生活では必要でなかった情報にも目配りし、そこからヒントを得ることが大事になってきます。この場面では、製薬(フィルター)がマイナスに働いてしまいます。

現在多くの(創造性)研究で支持されている制約諭的アプローチでは、日頃余計な情報をフィルタリングして私たちの思考を助けている制約が、逆に手掛かりの見落としの原因になってしまうことや、その制約の強さは失敗経験によって緩和・調整されていくことが示唆された。

阿部慶賀『創造性はどこからくるか』(共立出版2023年)から抜粋
/(   )内は楠瀬が補足/太字化は楠瀬

 
 ここから導かれるのは、自分が創造性を発揮しよう、あるいは、他者の造性発揮を助けようと思うなら、既存の制約(フィルター、常識)に従って「……わけがない」・「……に違いない』・「……でなければならない」等々と決めつけるのを避ける方が良いということです。

 《「わけがない」わけがない》という柔軟な姿勢が、創造性への扉を開いてくれるのです。

 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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