海外へ行くきっかけ

こんばんは🌞
しゅんたろです

 さて、note初投稿した『アウトプット』という投稿をして、グダグダになりながら自己紹介をしましたが、その中で紹介しきらなかった、海外に行ったきっかけ、海外がすきになったきっかけの所をお話しようかと思います。

 プロフィールには最初は毎日更新が目標と言いつつ、1日で途切れてしまいました。『アウトプット』を投稿してから今回の投稿を書き始め、そのまま半日書いて、夜帰宅してからも書いていたのですが、あれも書きたいこれも書きたいで、1日で終わりませんでした。。。よって今回のnoteはかなーり長いです。ご承知おきください。

本当に長くなりました。。4000文字を超えています、、ノンフィクション小説の一部でも見てるような気持ちで見ていただくとうれしいです。

 まずは、昨日も軽く触れましたが、私はこの人生の19年と11か月、海外に対してほとんど興味がありませんでした。日本国内ですべてが完結できると信じ切っていて、またいろいろなものが揃っていて安全な日本からデス必要がないと思っていました。学校で英語の授業の時も、「日本から出ないから英語なんてやりませーん」なんて言っているただの馬鹿でした。
 そんな私が、あるきっかけを境にタイ・バンコクへ行き、そこでの経験で海外へ出ることの虜となり、初めての一人で外国に旅立ってからの19か月のうち14か月を海外で過ごし、7か国へ旅行し、わざわざ大学を休学して約1年間滞在するような人間になりました。
 今回の投稿では、一体何をきっかけに海外にハマってしまったのか、そしてこれまで何をしたのか、またこれからどうしたいのかなどをお話しできればと思います。

1.人生を変えた1日

 厳密にいうと小さいころに家族旅行で海外に出たことがあるので、20歳で出たときは初めての海外ではないのですが、初めて自分で出たいと強く思って出た海外という事で話します。
 まずは17年の春先に会食の場で、とある方を紹介していただき、その方はとある神奈川県のJ1クラブの社長の方だったのですが、その方は私が通っている大学で週に1回講義に来てくださっていて、ある日授業の前に、「〇月△日に知り合いの会社を手伝ってほしい」というお話を頂き、その場で行きます!!と返事をし、紹介してもらい、お手伝いをさせていただきました。この経験こそ私に海外志向を植え付けた経験でした。
 そのお手伝いというのが、スポーツ中継系のベンチャー企業だったのですが、関東大学サッカーリーグの試合のネット中継を試験的にやることになって、それのお手伝いでした。
shonanBMWスタジアムで行われた試合で、11時半から試合だけど確か9時くらいに集合して、通い慣れたスタジアムに初めて関係者用通路から入り、私たちの担当の方から説明を受けて、少しスタジアム内を見て回ってから、放送関係者用の部屋へ。その部屋に入った瞬間、会社内の公用語は英語。会社は社長が韓国人で、プロデューサーやディレクターの方々も、イタリア人、フランス人、香港人、日本人は1人だけで、アシスタントの方に日本人の方がもう1人いました。
 私たちに通訳していただく以外、日本語など全く聞こえてこず、ダンディなおじさん達が英語で仕事をしている姿が目の前に広がってました。
その日は、第1試合の11時半から東京国際大学と駒澤大の試合はカメラアシスタントを務め、その後に第2試合の順天堂大学と法政大学の試合ではカメラを持たせていただいて、指示通りにカメラでおいかけるという仕事内容でした。
 第1試合は初めて見る大学サッカーでバチバチした試合が行われ、駒沢が5点取って圧勝。第2試合は法政の1つ年下の上田綺世が先制点。順天堂大学は同い年の旗手怜央が同点弾からの決勝点とか、初めてプロ仕様のでかいカメラを操作したとか、刺激をつける要素はたくさんありましたが、それらがとても薄れているくらい、放映会社用の部屋に入った時、また仕事中に英語が飛び交ってる環境が、純粋に「かっこいい!!」と思い、また元FIFAで働いていた日本人の社員の方にいろいろな話を伺って、私の海外へ行きたい欲は一気に0から100へ爆上がりし、なんなら100を飛び越えて120にでも、1000にでもなりました。
 今振り返ると、また言葉にすると、そんな特別なきっかけでもないような感じがしますが、これが、私の人生を変えた1日でした。

2.海外に行きたい

 そんなきっかけだった1会社のお手伝い終わり、たしか17時ごろに解散だったと思います。スタジアムから家までは車で30分くらいでした。
ただただ、海外へ行きたい。とにかく行ってみたい。そう思った私は、帰り道に一時帰国中だった父に電話し、翌日に会えないかと言ったことを覚えてます。
 (私の父は、会社の進出のタイミングで、立ち上げからタイのバンコクに駐在していて、当時6年目。たまたまその時に一時帰国していました。)
翌日の夜に合うことになり、非常にいい経験が出来たこと、そして、とりあえず家があって行きやすいということでバンコクへ行きたい。明日からでも行きたいという事を伝えました。
父は、駐在を始めてから、ずーっとタイに来なよと誘ってましたが、全く耳に入れず、全く興味を持ってなかった息子の突然の懇願に、父は驚きながらもOKしてくれて、バンコクへ行くことが決定しました。
 その後、父に「いつから行くの?」と聞かれ、私は「明日からでも!!!取れる一番早い飛行機で行きたい。」そう答え、父は飛行機を調べて連絡するよと、その場は解散しました。

3.パスポートがない!

 父から飛行機の行程表の画像が送られてきて、「これでいい?」というメッセ―ジとともに、「パスポートの番号を教えて」ときました。
 気持ちが燃え上がった勢いそのままで海外へ行きたいと言っていたので、完全に盲点でした。最後に使ったのは10年前。未成年だったので当然期限は切れているうえに、どこにあるかもわかりません(笑)
 調べてみると、住民票などのように申請してすぐもらえるものではなく、10日くらいかかってしまう、、さらに戸籍謄本も取らなければならない、、我が家は神奈川の県西地域にありますが、本籍地は都内なのでそこまで片道2時間以上かけていくか、郵便を使うかの2択でした。当然一刻も早くほしかったので、翌日以降と計画し、朝早くに家を出て、向かいました。無事戸籍謄本を取得し、パスポート用の写真も撮影したところで、改めて調べてみると、家から最寄りのパスポートセンターである小田原だと、申請から受け取りまで8日、少々距離のある厚木だと7日だと知り、その足で区役所の次の目的地を厚木とし、申請しました。申請が終わると飛行機を予約、パスポートが受け取れる最短の日付の翌日の早朝のフライトを予約しました。1日でも遅れるとすべてが水の泡なので気が気じゃありませんでしたが、無事、パスポートの取得が完了しました。

4.空港が…

 そうして無事に夕方にパスポートを取得。翌日朝4時に家を出る予定ですがまだパッキングを全くしていなかったので、大急ぎで始めました。初めての1人での海外。何をもっていこうか悩みながら、楽しみで寝れなくなりながらも、チケットの空港と、翌日の乗換案内を確認して、就寝しました。
 そして翌日、許容範囲内で少し寝坊しながらも家を出て、空港へ向かいました。早朝から出勤で疲労感があふれるサラリーマン。朝まで飲んでいたのであろう酒臭い若者。ディズニーランドに行くのであろう、ミッキーの洋服にポップコーンのケースを首にぶら下げる女の子たち。いろんな人がいる電車で羽田に到着。飛行機の出発時間が9時25分。3時間前からチェックイン受付だったので、その時間を目指して6時15分くらいに到着しました。ベンチで待ってチェックイン受付開始の案内の放送があったらカウンターに向かおうと思い一休み。
 スマホに集中しているといつのまにか30分を過ぎていましかが、いまだ放送が無し。LCCだし少し遅れてるのかなと思いさらに待機。しかし放送はまだない。でもカウンターに行っちゃおうと歩き始め、案内図を確認。しかしそこに登場予定のエアアジアの文字がない。すごい嫌な予感がして印刷して持ち歩いていた行程表を確認。そこには『NARITA』の文字。。。そうです、このしゅんたろう。空港を間違えたのです。
 完全にやってしまった。もう間に合うわけがない。せっかく海外に行きたい思いが燃え上がり、ありとあらゆるものを用意してもらったのに、すべてを壊してしまった。。
 報告のため父に電話。タイ時間5時前。空港を間違えたことを報告をすると、間に合わなくても急いで迎え!!と言われ、なるようになれと乗換案内を見ながら成田エクスプレスで急いで向かいました。
 チェックインの受付は8時25分までななか30分ごろに空港第2ビルに到着、電車の中で成田空港のカウンターの配置とエアアジアの場所を頭に入れて全力疾走。受付時間は過ぎていましたが、まだ数人が並んでいて、なんとか受け付けてもらうことに成功。どうやら最後のお客さんだったらしく、職員の方と走ってイミグレーションにいきましたw

5.初めての一人で海外の地に

 こうして、出国するまでにかなりいろんなことがありながらも一人で(?)海外に行くことに成功しました。
 と、ここまで読んでいただきましたが、続きは次のnoteにしようと思います。内容的にはここからというところで、次になってしまい申し訳ございません。いかんせん長くなりすぎました。(笑)
 最後まで読んでいただきありがとうございました。

6.最後に

内容が少しでもいいなと思っていただいたり、これからの投稿が気になったらスキボタンやフォローよろしくお願いします。

21歳の自分が思ったこと
自分のこれまでのこと
タイのこと
などなど、いろいろと発信させていこうと思います。

 また、自分の中でちょっと実験と言いますか、noteの方で自分のSNSアカウントなどは載せますが、自分のSNSにnoteをシェアしないでしばらく過ごし、自分の中で波に乗ったらどんどんシェアしてこうと思います。なので最初は特に見てくださる方々に感謝の念をもって投稿しようと思います。
自分ではシェアしませんが、記事をみていいなと思ったらシェアしてくださるとうれしいです。

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地元小田原とタイ王国をこよなく愛する、97年生まれの21歳。 大学を休学してタイで仕事をしながら東南アジアをぷらぷら→帰国。復学して現在大学3年生。
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