ブラジル音楽レポート はじめに

日本で一番有名なブラジルの音楽ジャンルはボサノバだろう。Googleで検索するとボサノバの情報はそれなりに出てくる。ただしその多くの情報がどこかに誤りがあったり、まったく不正確だったりする。原因として推測されるのは、

・ボサノバがアメリカのジャズのレコードを経由して入ってきたので、ジャズの視点からの情報が多い

・ブラジル音楽の演奏者や愛好家に、ポルトガル語ができる人が少ない(直接ポルトガル語で情報収集できない)

・身近なブラジル人に話を聞いた場合でも、ブラジル人だからと言ってブラジルのことを全て性格に知っているわけではない(日本人の多くが狂言の種類の違いを知らないように)

・日本とブラジルがあまりにも離れていて、単純に情報が入ってくる機会が少ない

日本とブラジルの間は最短でも24時間程かかる。2020年現在は直行便はなく、少し前まで観光にもビザ申請が必要だったので仕事や親族の訪問などを除けば訪れる人も多くはなかった。

話をボサノバに戻すと、日本のwikiには「ボサ・ノヴァをジャズの一種と見るなどさまざまな見方もあるが、少なくとも本来のボサ・ノヴァはサンバの一種であると定義される。」とあるが、ポルトガル語版には以下のように記載がある。

「A bossa nova é o termo pelo qual ficou conhecido um movimento de renovação do samba irradiado a partir da Zona Sul da cidade do Rio de Janeiro no final da década de 1950 e que, por conseguinte, passou a dar nome ao estilo de interpretação e acompanhamento rítmico dele surgido, que ficou conhecido como “batida diferente”.」

「ボサノバは1950年代後半にリオデジャネイロ市南部地域から広まった、サンバの刷新運動として知られ、またのちに”異なった弾き方(batida diferente)として知られるリズム伴奏と曲解釈の方法のことを指すようになった”」

日本語版だとボサノバはジャズの一種なのかサンバの一種なのかどちらなのかという感じだが、ポルトガル語版だとサンバそのものということになっている。

自分もブラジル音楽を演奏してして感じるが、ブラジルの音楽ジャンルはそれぞれに強い伝統があって、外国からの影響をたまに受けることはあっても基本的に軸になる部分は変わっていない。なのでボサノバがジャズの一種ということはあり得ない。(ジャズミュージシャンが河内音頭を頻繁にレパートリーに取り入れると河内音頭はジャズの一種になるかというと、ならない。)

ボサノバが現れた1950年代より前にボサノバの要素となるものはブラジルにあった。ギターの複雑なハーモニーはすでにガロート(Garotoはあだ名、本名はAnibal Augusto Sardinha)が弾いていたし、サンバではジェラルド・ペレイラ(Geraldo Pereira)がサンバ・シンコパードで演奏していた。サンバ・シンコパードはリズム面でボサノバに強い影響を与えたと言われており、実際にボサノバのはじまりとされるジョアン・ジルベルトはGeraldo PereiraのFalsa Baianaという曲をレパートリーに加えている。

何か革新的な現象があるとそれは誰かの発明品ということにされがちだが(もちろんその革新者は偉大だけれども)、実際はさらにその先駆者たちのやってきたことを受け継いだうえで成立していることがほとんどだろう。ただしそのあたりのことを知識として知る方法は現状少ないのではないかと思う。

このシリーズではそういった視点から断片的になりがちなブラジル音楽の姿を、極力包括的に演奏者の視点から書いていく。


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