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裏切りの末路

日本と世界の歴史、特に政治権力や宗教の主導権の抗争の歴史には、しばしば重大な背信、裏切りが事件として生じています。日本の歴史では、明智光秀が織田信長に対して謀反を起こした本能寺の変(1582)や、関ヶ原の戦い(1600)の最中、最重要局面での小早川秀秋の離反などは、悪名の高い裏切りとして語り継がれています。15世紀末~16世紀末、戦国時代の日本は安定した社会からはほど遠く、下克上がいたるところで起きていました。大小さまざまなの類似の事件を挙げればきりがないと思われますが、それでも、その代表的な裏切り者として、400年以上たった現代にもいまだに、そしておそらく今後もずっと記憶に刻まれることとなってしまいました。

世界に目を向ければ、ローマ帝国の Julius Caesar の暗殺(BC 44)に加担し主導的な役割を果たしたとされる Marcus Junius Brutus が有名です。Brutus にとって Caesar は恩人であり、理解者でした。襲撃の時、Brutusは ラテン語 Sic semper tyrannis(英語 thus always to tyrants、私的日本語意訳「暴君はいつもこうなるのだ」)と叫び、自分の立場に理と正義があると主張したということです。この言葉はおよそ1800年後、アメリカ独立の際に再び使われるようになり、いまもヴァージニア州の州旗に書き込まれています。さてCaesar暗殺、本当は襲撃に参加した暗殺者は大勢いたのに、特にBrutus が有名になってしまいました。後に、イギリスで William Shakespeareが 1599年にThe Tragedy of Julius Caesar という劇を発表したので、その影響は大きいと考えられます。そこでは Brutus の苦悩も含め、好意的に描かれています。ただ、Julius Caesar 暗殺自体に成功はしても、むしろ政争は激化し、Brutus も戦闘に敗れ、2年後、あえなく自害して生涯を終えています。Julius Caesarの暗殺者という肩書でのみ、2000年の時を超えて名を残すに至ったとまでいうと言い過ぎかな。

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有名さの度合いでは、Judas Iscariot(イスカリオテのユダ)は群を抜いています。何と言っても、イエス・キリストを銀貨30枚で売り渡した裏切り者として超有名で、新約聖書のなかの4つの福音書のなかに何度も登場しています。裏切りの後、後悔し、悲惨な最期を遂げたということです。詳しい史実は別として、聖書に書かれて、2000年を超えて、今日までずっとそのように伝えられてきています。

https://www.youtube.com/watch?v=e3CnZxTTq40

こうしてみると、裏切りの事実はそう簡単には記憶が消えたり、再評価されて置き換えられたりすることはなかなかなさそうです。裏切りを達成したわずかな期間、ひょっとすると満足感、達成感、あるいはリアルにも政治権力や経済的利益等を掌中におさめることができる場合もあったかもしれませんが、案外、みじめで悲惨な最期を迎えています。また、長い歴史に残るのは、その功績よりも、裏切りの事実のほうが重くなるようです。いくつもある歴史的事実のなかでも、印象にも記憶にもとどめやすいようです。おそらく、我々、人類は、裏切り者が生理的に嫌いなのでしょう。コミュニティ、社会を築いて生きていますので、それを防衛するための本能として、そういう感覚がインプットされているのかもしれません。一時的に裏切りが成功したように見えても、その後没落し、後世に悪評が強調されて残ってゆくのは、理由があるように思えます。


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現代は科学が進歩した時代だとよく言われますが、実のところ知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な未知の世界が広がります。私たちの知識はほんの一部であり、ほとんどわかっていなません。未知を探索することが科学者の任務ではないでしょうか。その活動は、必ずしも簡単なものではなく、後世からみれば群盲評象と映ることでしょう。このマガジンには2019年12月29日から2021年7月31日までの合計582本のエッセイを収録します。科学技術の基礎研究と大学院教育に携わった経験をもとに語っています。

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