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夜行バスと蝉の音:「光が死んだ夏」ボイスドラマを聞いて (自分語り)

訳あって夜行バスで東京に行くことになった。
訳あって、というか、まだ詳しくは言えないが自主制作しているアニメーションに声を入れてもらうのが目的。ようは音声収録の監修だ。

元々インドアで滅多に出かけないし、夜行バスなんて初めてだから物珍しい。金も暇もない大学生には妥当な手段だと言える。

消灯しても眠れないから、ボイスドラマを聴くことにした。


「光が死んだ夏」

「光が死んだ夏」1巻表紙

「光が死んだ夏」。青春ホラーで名を馳せた、近々アニメ化も決まっている話題の漫画だ。
 
原作を少し読んでみて、好きだったから選んだ。
 
この漫画、文字ひいては音の使い方がとてつもなく、良い。

特に「シャワシャワシャワシャワシャワシャワ」
とページを彩るセミの音。

1度でも原作を読んだことがある人なら頭を離れなくなるあの字の並び。センスの良さに胸が高鳴る。

「光が死んだ夏」漫画のある1ページ

公開されている動画を全て聞き終わって、満足してイヤフォンを外す。

声優さんの演技が素晴らしかった。
よしき役の大野智敬さんの、何かを抑えるような思春期男子の演技。光役の根岸耀太朗さんの、屈託のない高校生のノリ。

そして感情を爆発させるシーンでのお二人の本気度、それが表れた音声に圧倒された。
人では無い異形のはずなのに…切ない。

 


音が

シャワシャワシャワ
シャワシャワシャワ
 
あれ、
 
シャワシャワシャワ
シャワシャワシャワ
 
イヤフォンはもうポケットにあるはずなのに。
まだ聞こえる。
 
耳を澄ますと、車体が揺れるガタッ、ガタッという音、換気扇のブオオオオオという音に混じって、かすかにシャワシャワという音がする。

もちろんセミではない。きっとエンジンの稼働音か、車がすれ違う時の音とかだろう。
そういえば海外の映画でフォークリフトの音が「波の音」に聞こえる、みたいなやつがあったな。邦題は確か、「希望の灯り」。
あんな感じで、機械の音から自然の音を連想するのは、人間の性なのかもしれない。

夜行バスもセミの音がするのか。

これからの季節だし、新しい発見でなんだか嬉しい。
「光が死んだ夏」を観たあとだったからより一層だ。
 
セミの声は、生と死を連想させる。
「うるさいなあ」と思いつつも、短い命を精一杯生きるその音はどこか懐かしさを帯びて、胸が締め付けられる。
 

消灯:(隠れて携帯をいじる)

そういえば、アニメ化するんだっけ、この漫画。
まあキャストは間違いなくこの2人だな。
公開されているボイスコミック(#1〜10まである。後半特に感情揺さぶられてやばい。観て)を全て通しで聴いた私は、自然とそう思っていた。
 
けれども何気なく検索してみて、愕然とした。
公式PVが4つもある。
同じ動画に、それぞれ異なる声優が声を入れたものが、ということだ。
しかも、現在すでに活躍している著名な声優を起用したものもあって、そちらのPVは当然視聴回数の伸びが良い。
 
シャワシャワシャワシャワ
シャワシャワシャワシャワ
 
ごくり、と唾を飲み込んだ。
セミの音が、止んだ。

…。

なんだろう、これ。
めちゃくちゃ悔しい。

あれだけ真摯に作品と向き合って、ボイスドラマを何本も作った声優さんがいるのに、
それでいざアニメ化!ってなったら
すでに売れてる声優さんに切り替えます、なんてことにもしもなったら、納得がいかない。そんなこと言える立場じゃないけど、それでも。

あの2人の声でアニメが見たい。

ただの一視聴者にそう思わせるだけの演技力が、お2人にはあったということだ。

だって、あんなに良いボイスドラマだったから。
(49素は夜行バスで号泣したんだぞ、責任とってくれ〜〜〜!!)

アニメ化されるとしても、この2人(大野智敬さん&根岸耀太朗さん)のコンビがいいなと自然に思ってしまう。


悔しい。

悔しい。
悔しい。
悔しい。
 
何度そう思ったかしれない。
自分の制作において、だ。
 
冒頭で言った自主制作のアニメだが、声優の起用はそう上手くいかなかった。
元々原作がある漫画のファンアートとして作ったアニメだから、原作者が望む声優を起用するために奮闘した。
 
台本の作り方を調べ、原作を読んだことの無い人向けの資料を作って。
 
著名なその声優の所属事務所に連絡を取り、断られてもめげなかった。

挫折:(車内は未だ無音)

それから5日ほど色んなブログを漁って、
「音響制作会社を通せば、声優起用の可能性が高まるらしい」という情報に辿り着いた。
素人の大学生にしては上出来だ。だって、持っている知識なんて
おんきょう…なに会社???くらいのものだった。存在すら、知らなかった。
 
それでも当たりをつけて連絡してみて、
その会社の方がたまたま親身に相談にのってくれて、希望の声優さんの事務所との仲介をしてくれることになった。
 
でも、ダメだった。
 
個人だから。
バックに企業がついていないから。
若いから。実績がないから。
 
考えられる理由はいくらでもある。
実力不足と言われればそうなのだろう。
 
でも、なんだろう、やっぱり悔しい。

結局この後 原作と関わりのある企業に売り込みに行ったりして、それはまた今度の話にするが、その後も何度もそんな思いをした。
 
悔しい。
誰に話さなくても、周りには「まあそんなもんでしょ」なんて笑ってみせても。
 
悔しい。
 
さっきから、セミの音が、しない。
唾を呑んで音が消えたのだから、耳に詰まった空気が起こした錯覚だったのか。空気が消えたから、もう鳴らないのかも。

作者がのった夜行バス。

悔しさを呑み込んで

でも、今私はそのアニメの収録に向かっている。夜行バスで東京へ行く真っ最中だ。
 
色んな方の協力とご縁のおかげで、形を変えて
なんとか公開目前までこぎつけた。
 
今思えば、あの時悔しさを感じながらも、続けて良かったと思う。
 
シャワシャワシャワシャワ
シャワシャワシャワシャワ
 
セミの音が聞こえる。
やっぱり幻聴じゃないみたいだ。
どこかから、確実に音がする。
 
理想の未来に届くまで、何度でも。
音を鳴らす、声を上げる、
発信、していこうと思う。
 
それで夏が終わっても私は活動を続けるんだろう。
私は、セミじゃないんだし。


夜行バスに乗る人はぜひ耳をすましてみてください。
セミの音、聴こえますよ。
多分エンジン音だけど。

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