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想像力

他の動物にもひょっとしたらあるのかもしれませんが、僕ら人間には想像力という力が備わっています。よく考えたら凄いですよね。起こるかどうかもわからないことや、実現可能性0なことまで頭で考えて、人によっては0からそれをクリエイトして実現してしまったりするんですから。可能性が満ち溢れた能力。

でも、想像力はポジティブな方向にばかり作用するとは限らなくて。ネガティブな方向への想像力は時に自分自身を傷つけますし、場合によっては命を奪うこともあるわけで。かくも、100%素晴らしいものなんて存在しないよなと改めて気づかせてくれるものでもあります。

僕は堅い仕事についていて、周りも同じような職業の方が多い。状況への慣れというのは人間の素晴らしい能力の1つですが、それはある意味「麻痺」とも同じで。まるで、自分の状況それ以外がこの世に存在しないかのように自分の常識が変な形でアップデートされてしまいがちです。なので、その常識を常に揺さぶる努力をしなくてはいけないんですよね。

それは、反対の意見を持つ人や反対の立場の人の声を聴くことでもあるし、本やメディアに接することでもあるでしょう。でも、一番はやはり想像力だと思うんです。自分の置かれている立場とは異なる人が世界にはたくさんいて、そしてそれは決して「私とその人」という絶対的他者ではなく、いつでも入れ替わりえるものなんだと。

例えば僕の周りにも、「自分がいつかホームレスになるのではないか」「生活保護受給者になるのではないか」「事故や病気で障碍者になるのではないか」といったことを全く想像せずに、そういった人たちを「絶対的他者」としてとらえる人たちが少なからずいます。

小心者で、争いを好まない僕はそういう人たちに真っ向から反論したりということはできていないです。ごめんなさい。

でも、だからこそせめてこういう文章を書いています(ただの自己満足の罪滅ぼしですね)。

今の社会はずっと前からそうだったのではなく、先人たちの努力と悩みの結晶です。もちろん完璧だなんて思いません。まだまだな部分は僕らが改善していくべき未開の地です。完璧ではなくとも、僕らが健やかに生存権が保証された中で生活できるのは、決して僕ら自身だけのおかげではない。

目の前にいるホームレスの方は今はあなたにとって「絶対的他者」かもしれないけれど、例えばその人がこれまでに支払ってくれた税金であなたは学校に通え、病院での負担も少なかったのかもしれない。
あなたもいつ、何かのきっかけで職を失うかもしれない、家族にも見捨てられ、住む場所を失うかもしれない。それって、ほんの少しのきっかけで起こりえることです。自分にはそんなこと絶対にないと言い切れる人なんていないし、言い切ってる人ほど危険なんじゃないかとすら思います。

自分で、自分の腕一本で稼げるからそんなことには絶対にならないと思うかもしれないですし、確かにそうなのかもしれない。でも、あなたが稼ぐために必要なもの、移動手段・通信手段・金融・出版・電気・ガス・水道…すべてあなたではない誰かが準備したものです。あなたが作ったものでもなければ、あなたが維持してきたものでもない。それを為してきた知らない誰かへの想像力を働かせ、敬意の心を持つことこそが、大人ということなんじゃないかと思うんですよね。「今」を絶対視することは若者の特権かもしれませんが、「今」なんて、過去と未来の間のとても曖昧なものです。それを絶対視して、必要・不要のような判断を人に対してするなんていうことは、人間がこれまで築いてきた歴史と経緯への侮辱でしかないと僕は思います。


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