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おいなりさん、ほっとする日常

「今日のお昼は おいなりさんにしようよ。」
「うん! いつもは俵型の おいなりさんだけど、今日は三角の おいなりさん 作ってみようよ。」
「そうしよう!」

日差しは暖かいのですが、風が冷たい よく晴れた日です。
今日も りこちゃんとこざる達は、一緒に楽しく朝ごはんを食べ、食後のお茶を飲み、
そして、こざるカフェの開店の準備をしています。

「ぼく達、日曜日の毎日新聞に載っていた 梨木香歩さんの『炉辺の風おと』っていうエッセイを読んだんだ。」

梨木香歩さん、こざる達が大好きな作家さんです。
『西の魔女が死んだ』、『家守綺譚』に始まり、エッセイ、小説、大切に読んでいます。

「梨木さんが 病院の待合室で出会った光景が描かれているんだけど…」
「病院だから、深刻な人もいて、でも待合室のテレビで料理番組が映っていて、土井善晴先生が いなり寿司を作っていて…」
「それを見て 病院という非日常から いなり寿司がある日常が甦ってくる感じ、ぼく達も、わかるなぁって思ったんだ。」
皆、うんうん頷きます。

数年前、りこちゃんは入院して、手術をしました。
短くはないリハビリ期間を頑張って、そして退院して、今は在宅介護で のんびり、穏やかに過ごしています。

「入院している時も、ぼく達、この非日常の中で 出来るだけ普段の日常を生きようって思ったんだ。」
「りこちゃんが 入院した病院も、運良く 町中だったのも幸いしたよね。」
「うん、すぐそばにショッピングモールや、スーパー、学校があって、皆が日常生活を送っている場所にあったからね。」

新しくて大きい病院は、日常生活の場所から離れてポツンとあるところも少なくないと思います。
明るくて賑やかなのが好きな りこちゃんや こざる達は、そういう静かな環境だと寂しくなってしまったと思います。

「生活の音が聴こえるところがいいんだ。」
「普通に 生きているって実感できるしね。」
皆、うんうん頷きます。

「それに おいなりさんと言えば、りこちゃんも ぼく達も大好きな『ひよっこ』だよね。」
「うん、今も夕方、再放送している 朝ドラの『ひよっこ』で、おいなりさんを食べるシーンが とても印象的で…」
「寂しくて悲しくて不安な気持ちを 暖かく包んでくれるシーンで、ぼく達、大好きなんだ。」
こざるちゃんが、ちょっと涙が出そうになりながら言います。

消息不明になってしまった お父ちゃんを探しに東京へ行ったお母ちゃんでしたが、
お父ちゃんは見つからず、何も分からず、また茨城へ帰ろうと、夜の上野駅の待合室で
始発電車を 1人不安で押しつぶされそうになりながら待っていると、
赤坂のレストランのおかみさんとシェフが 心配して探して来てくれて、
一緒に朝までお喋りしましょうと おいなりさんのお弁当を持って来てくれました。

「おいなりさんは、特別ではない特別なご馳走だよね。」
「普通の日常の 身近な食べ物なんだけど、お花見とか 遠足、運動会の思い出があって…」
「あると、わぁ!って嬉しくなって、地味なのに華やかだよ!」
皆、うんうん頷きます。

「それに神様がついているよ。」
「お稲荷さんも、神社やお寺に比べたら、小さくていつも傍らにあって、とても身近な神様だよ。」

おいなりさんは、とても小さな素朴な食べ物です。
身近にあって、ほっとする日常を主張することなく 作っているのだと思います。

「ぼく達も、りこちゃんの入院中に 何度も食べてたね。」
きっと日常を連想して、知らず知らずに 何度も食べようと思ったのかもしれません。

「土井先生みたいに 上手く職人さんのようには作れないけれど、おいなりさんや おにぎりを作る作業って、無心になれるのもいいよね。」
「梨木さんが書いているように、その手仕事に見入ってしまうっていうのは わかるよね。」

ラジオから こざる達の大好きな歌が聴こえてきます。

「You don't have to worry.worry
守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから」

松任谷由実の『守ってあげたい』です。

こざる達も一緒に歌います。

「このごろ沈んで見えるけれど こっちまでブルーになる
会えないときにもあなたのこと 胸に抱いて歩いている」


「りこちゃんに、お昼は おいなりさんだよーって言ってくる!」

こざるちゃんが歌いながら、りこちゃんの部屋へ向かいます。

「日暮れまで土手にすわりレンゲを編んだ
もう一度あんな気持ちで夢を形にして」

「りこちゃーん、今日のお昼ごはん、おいなりさんにするよ! 」

「So you don't have to worry worry 守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから 'Cause I love you 守ってあげたい」


こざるカフェは、今日も ゆっくりゆっくり
のんびり 穏やかに時間が流れていきます。

読んで下さって、どうもありがとうございます。
非日常から日常に自然に戻って来ることができる、毎日の普通の食事、特別ではない特別なもの、とても尊いと思います。
よい毎日でありますように (^_^)

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