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なぜ、若い世代が死について関心をもつんですか?

仲間たちと定期的にDeathカフェを開催してる。これまでの参加者を振りかえると、20代、30代の参加者が多い。取材してくださる記者によると、そういった死について考えたり、語らう場に、20〜40代の参加者が多いらしい。「終活というと、年配の人が多いイメージがあるが、Deathカフェは若い世代の人が多いという印象を受ける。死とはまだ縁遠いはずの世代が、なぜ死について関心をもつのか?」という質問を受ける。若かろうが、働き盛りだろうが、年配だろうが、人間はいつ死ぬか分からないんだから、どの世代が参加しようが個人的にはあまり違和感ないのだけど、聞かれる意味はよく分かる。それについて、いま考えている、個人的な仮説みたいなことを書き留めておく。

「主宰者と同世代だから」
これを言ったら元も子もないんだけど、我々の団体に限っていえば、同年代であることが、結局一番大きな理由だと思ってる。20代後半からはじめて、SNSでイベント案内してたから、最初はメンバーの知り合いばかりだった。継続するなかで徐々に活動周知されて、幅広い年代の方に参加してもらえるようになった。

「よく分からないから気になる」
死がタブー視されたり、遠ざけられていることによって、逆に考えてみたいや語り合ってみたいという好奇心があるように感じてる。一昔前は自宅で看取りが行われていたが、いまではほぼ病院。自宅での看取りは、老いて弱って、朽ちていく姿を否が応でも見て、それを地域の共同体で弔っていくプロセスがあった。それによって、いずれ自分も同じように老いて死んで、周りの人のお世話になりながら、死することを体感してたと想像する。いまは、病院で治療が行われ薬でコントロールされながら、綺麗に死んでゆく。そして慌ただしく葬送儀礼が行われ、あっという間にお骨となる。そういったプロセスからは死することを体感する余白がない。死がタブー視され、見えないことによって、逆に死についての不安や関心を生んでいるのではないかと思う。

「漠然とした生死の不安」
漠然とした死への不安があるのではないか。それは同時に、漠然とした生きることへの不安や漠然とした生きづらさが背景にあったりするのかなと思ったりしてる。「自分が本当にやりたいことは何なのか」「それなりに充実しているけど、本当にこれが自分の幸せな人生なのか」など、生きがいの薄さみたいなものが、漠然とした生や死への不安を掻き立てているように感じてる。

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