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知的財産であるレシピとの向き合い方

最初にお断りしておきますが、以下はあくまで「コロナ以前」における個人的な見解です。

それなりに名の通った老舗の飲食店(食堂だったり、居酒屋だったり、街の中華料理屋だったりします)が「閉店する」となると、それは瞬く間にネットニュースとなり、「大好きだったのにマジか」「あの味を食べられなくなるなんて残念すぎる」のようなSNSへの投稿を見かけることがあります。

僕はそういう投稿を見ると、ちょっとモヤモヤした気分になってしまいます。よく言われることですが、「消費」とは一種の「投票行為」に他なりません。お金という票を、あなたが「良い」と思うものに投じるわけです。多くの場合、本人は無意識かもしれませんが、そこでは「これからも存続してね」という思いを託していることになるのです。

であるならば、様々な事情があるにせよ、経済的な理由により閉店してしまう飲食店は、肝心の票が集まらなくて、生き残り選挙に落選してしまったと言えます。そして「残念」と投稿している人自身、選挙活動(=広報)のお手伝いをするわけでもなく、何より大して票を投じていないことがほとんどです。投票をしなかったのに「当選しなくて残念」と嘆くのは、しかもそれを公の場で発信するのはどうなんだろう?と素朴な疑問を抱いてしまいます。(誤解のないように繰り返しますが、ここまで書いてきたことは「コロナ以前」についてです。コロナの影響で本当に多くの飲食店が苦しい状況に追い込まれています。)

そんな中、「消えゆく味」を応援して支えようという動きもあります。例えば、群馬県高崎市の様々な老舗飲食店を紹介する「絶メシリスト」。「絶メシ」とは「絶滅の危機に瀕している食」のことを意味しています。プロジェクトの主体は行政ですが、博報堂ケトルがPR業務を請け負っています。そして、この取り組みは他の自治体へも広がっています

さらにそんな「絶メシ」を、東京の飲食店で提供することで支援しようという動きも生まれました。

「絶メシ食堂」に関する詳細は上記の記事中に書かれていますが、高崎市の老舗飲食店の「白いオムライス」(からさき食堂)や「黄色いカレー」(松島軒)などのレシピを譲り受けて提供し、売上の5%相当を高崎の店舗に還元する仕組みです。900円の商品であれば、1食出るたびに45円が発生します。1日10食の注文があれば、30日で13,500円。絶対額としてこの金額をどう見るかはその人次第ですが、レシピを提供することで、良い意味での「不労所得」が提供側に継続的に生まれることは素晴らしいことです。さらに、食べ手は東京にいながら高崎市やその店舗に思いを馳せることで、新しい繋がりを生むきっかけにもなりうるでしょう。

「レシピ」は食を取り巻く世界にとって、これからの大きなキーワードです。もちろんこれまでも数多くの料理本やクックパッドなどのレシピサイト、そして「料理研究家」という存在など、レシピの重要性を感じさせる要素はたくさんありました。

しかし、今後はライフスタイルとしても、ビジネスとしても、その重要性はさらに増していきそうです。例えば、コロナ禍でステイホームを強いられた際には、著名なシュフたちが「自宅でつくれるプロの技」を無償で公開して、非常に歓迎されました。

レシピ提供をした本人は純粋な気持ちからの行動でしかなかったはずですが、結果的に「あのシェフは素晴らしい。今度お店にも行ってみたい」という宣伝・マーケティング効果も絶大でした。レストランで味わう皿の上の料理だけではなく、様々な活動が有機的に繋がり合うことで、シェフや店の評判を形成していく時代においては、こうした適切な「レシピ公開」は今後ますます大事な活動になっていくはずです。

また、レシピとは分量や手順などの作り方全般のことですが、現代のテクノロジーを使えば温度変化なども含めて、理論的にはほぼすべてを数値化することが可能です。すると、それを「データ」として流通させることは実は極めて容易です。有名シェフのレシピデータをダウンロードして家庭の高性能調理器具が再現することがごく普通になる未来は、すぐそこまで来ているのです。そしてそうした状況は、前述の絶メシ食堂と同様に、シェフや飲食店にとって新たな収益を生む可能性を秘めています。

レシピとは「知的財産」そのものです。それを無償で公開して人々のライフスタイルに貢献するのも、あるいは知的財産権としてビジネスに使うのも、レシピの開発者・所有者次第です。食に携わる人にとっては、適切な「レシピマネジメント」はこれからの大事な視点になるに違いありません。


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