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健常者が聴覚障害者との関りを描く

発信理由


自身は健常者とされている立場で、障害のある方との関わりを描くのは難しい。センシティブな内容が多く含まれるし、意図せず誰かを傷つけるかもしれない。
これまで自分の立場から感じた課題は多々あれど、発信しなかった理由がそれになっている。
だけれど、関わる側としての問題意識、課題も目をそらしてよいものではない。そう思うようになった。少なくとも、自分自身も悩んでいたし、誰かへ相談や発信が遅れたことで負わなくてよいものを背負った経緯がある。
これでは双方にとって不幸なことになる。

当時の自分は手話を学び筆談と口話のコツを我流で身に着け、それでも埋まらない意思疎通の壁を感じていた。必要最低限も意思疎通できないのである。

そして相談先が全くわからず途方に暮れた経験がある。現代であればカサンドラ症候群といった呼び名がしっくりくるが、とにかく相談しても誰にも伝わらないという思い込みを強くしていて、役所の福祉課も相談内容を理解できるとは到底思えなかった。
けれども福祉課にこそ情報ニーズがあったのではと今は思う。閉ざされがちな世界で、意識して開示しなければ社会には知られていかず、情報を必要としている人たちに結びつかない。そのプラットフォームになって欲しかった。

今はこの経験が誰か一人にでも必要とされるのならば発信をしたいと思っている。

とはいえ、私は福祉のプロでもなく、一人の同居人にすぎない。暮らしの一部を切り取ったエピソードのみを綴るよう心掛けていく。

制度や医療的な側面を語る気持ちもなければ、障害のある方との関わりについて正解を問うつもりもなく、聴覚障害者を一括りにしない。先に記しておく。

一つの家庭の話として、読む方々の心に留まれば幸いと思う。

方法は漫画エッセイ

発信方法を考えたとき、子供時代に姉妹同然のように育ったお姉さんと、実の兄と一緒に、1コマずつ回し描いていくという手法でギャグ漫画を作成して遊んだ面白さを思い出したからだった。展開が読めない破天荒な物語に、おなかが痛くなるほど笑ったものだった。そしてもっと面白く描きたくて、話の展開や絵の構図、表情の出し方など、好きな漫画家の真似をしてあれこれ工夫した。

小学生の拙い画力でゲームのキャラクターの二次創作にも手を出し得意げになっていた。

その後特に漫画もイラストも学んでないので、小学生時代のままの、我流になる。つまり、下手。
絵の拙さは自分でも見て取れるのだけど、今回は漫画で描いてみたかった。
内容も意図した通りに表現できていればよいのだが、それは少しずつ上達させていきたい。
親しみやすい情報となって、必要としている誰かに届けばいいなと、そう思っている。

また、時代が違えばもっと力強く社会と関われたであろう義父母が、漫画を通して確かにここにいた証になったらよいと僭越ながら考えている。

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https://note.com/kowatako/n/nd4ddd07a7b4a


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