玄倉川【怪談・怖い話】
これは、職場の同僚から聞いた話だ。
玄倉川水難事故の翌年、秋も深まった頃、彼は親友と二人でその川を訪れたという。現場には、すでに立ち入り禁止のゲートが設けられていたが、二人はそれを無視して川原へと降りて行った。
川の水量は少なく、透き通るように澄んでいて、周囲には人影一つなかった。その静寂が、妙に心を落ち着かせ、彼はなぜか川の向こう岸へ渡りたくなったという。浅い流れを越え、彼は先頭に立って進み、親友も後を追ってきたが、その顔は明らかに浮かない様子だった。
川の流れに反射する陽光が穏やかで、空は晴れ渡り、何もかもが美しい風景の中、彼は持参したサンドイッチとコーヒーを取り出し、親友にも勧めた。しかし、親友は露骨に不機嫌な顔をして「よくそんな気になるな」と、食べ物に手をつけようとしなかった。それでも彼は上機嫌で、川を見下ろす崖の岩に腰掛け、静かな流れをぼんやりと眺めていた。
だが、不意に強烈な眠気が襲ってきた。まるで、サンドイッチに眠剤でも混ぜられていたかのような異常なほどの眠さだ。体がずるずると岩から滑り落ちそうになりながら、彼はぼんやりと「このまま水に流されて消えていくのも悪くない」と、平安とも言える不思議な感覚に包まれていた。
そのとき、親友が突然「帰るぞ、頭が痛い。たまらないくらい痛いんだ」と言い、川を渡り戻り始めた。その言葉で、彼はようやく正気に戻ったという。親友を気遣いながら元の岸へ戻ると、親友が向こう岸を見つめ、ぼろぼろと涙をこぼしていることに気づいた。
親友は、いかにも屈強な男だった。アウトドアやサバイバルが得意で、過去には120キロの冷蔵庫を一人で運んだこともあるような、まるで映画のランボーを彷彿とさせる男だ。そんな男が、泣いている。それも、まるで何かに押しつぶされるように、涙を止めることができない様子だった。
「そんなに頭が痛いのか？」と彼が恐る恐る尋ねると、親友は「いや、頭の痛みじゃない。ただ、無性に悲しくて涙が止まらないんだ」と、戸惑いながら答えた。
その場から立ち去ろうとしたとき、彼はふと親友の背後に、枯れ果てた古い花束が落ちているのに気づいた。明らかに誰かが置いた供花で、事故現場を示すかのように、ひっそりと朽ちていた。しかし、彼はそれを親友には黙ったまま、その場を後にしたという。
家に戻った後、彼は現場について調べてみた。地形や周囲の状況を調べるうちに、そこがまさに例の事故現場であることに気づいた。そして、しばらくして親友からも電話があった。彼も調べたらしく、二人の調査結果は一致していた。
だが、それだけではなかった。親友は「川村」という名字を持っており、かつて玄倉川一帯を所領していた一族の末裔であることが判明した。親友があの場所で涙を流したのは、もしかすると、その土地に深く刻まれた血の記憶が彼の中で呼び覚まされた結果なのかもしれない。彼が泣いた理由は、単なる偶然ではなく、遥か昔の因縁が今もなお彼の中に生き続けているのだろう。
[出典：107 ：本当にあった怖い名無し＠＼(^o^)／：2014/09/18(木) 10:01:04.85 ID:8hYRwp8b0.net]
#怖いお話ネット怪談 #怖い話 #怪異 #怪談 #ホラー #異世界 #不思議な話 #奇妙な話
今後とご贔屓のほどお願い申し上げます。