現役の打ち手 [ jokerの男 第10話 ]

 私はそれからずっと現役と、引退した打ち手の差というものを意識するようになった。

 別にレートの高低の問題じゃない。
 要はこれで生活を成り立たせ、牌に殉じるような思いでやっているかどうかだろう。

 だが、私は一体いつまで現役でいられるのだろう……。
 そんな風に考え始めるようになった。

 社会のことも世間も何一つ知らない。
 この道を選んだときから卓上で戦うことだけを繰り返してきた。

 不眠不休で戦い、緊張と重圧で毎日吐き、心も身体もボロボロだった。
 それでも世間知らずであろうが、明らかに堅気とは思えないような眼窩が窪んだ酷い顔をしていても恥ずかしいと思ったことは無い。


 しかし、もしもいつか明るい将来や穏やかな日常に憧れる日がきたら私は終わってしまうのではないだろうか。
 もっと言えば女を知ったり、役所へ行ったり履歴書の書き方なんていう一般常識を知ったら弱くなってしまうのではないか。

 そんな風に追い詰められた私は幾度も橋健に相談をしようとした。
 だが、これは自分で決めるべきことだと思い、それだけは踏みとどまった。


 実はこのとき、私はある考えから勉強を始めていた。
 大学の法科の卒業資格を取るために独学で本を読んでいたのだ。

 麻雀が全て、という生活はまるで精神の修行であるかように異常な心理状態に陥る。どれだけ人格破綻者になれるかどうかだ。

 従って、自我を支える生活の基盤や精神の拠り所が必要となる。
 私はそのために勉学を選んだ。

 自己への投資というものは、本来将来の自分へ向けるものであるが、私は今の自分のために、麻雀のために勉強を始めようと思った。


 私は高等学校の途中から一切勉強をしていなかったので、一度捨てた読み書きを取り戻すのには時間がかかった。
 毎日毎日、夜番の間や仕事の隙を見つけてはひたすら法学の本を読んだ。

 ものを書く時間は無かったので、ひたすら読み続けた。
 それは私にとってさして苦痛でなはかった。麻雀を打つのに比べたら遥かに楽な事だ。

 そして何十冊も本を読んでいる内に朧げながら内容が判って来た。


 思えばこの時期に私の自我を支えてくれたのは、共に暮らす家族と、この勉学の存在が大きかった。
 

 そういった支えもあって、麻雀の調子は苦しみながらもノルマを維持し続けることが出来た。
 
 しかし、生活が充実すればするほど、勉強が判ってくればくるほど、将来の自分に自信が持てなかった。

 麻雀に全てを捧げると決めた筈なのに。
 何かに満たされた生活を送って、今より狂った努力が出来るだろうか……。


 そして、こんな生活を続けた5年目に私は自分にある一つの決断を下した。

 

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*当物語はフィクションです

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