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体の声を聴く

出張整体の後には、いつも喜ばれる。
「先生のおかげで、体が楽になりました」
「そう言っていただけると嬉しいです。変に聞こえるかもしれませんが、僕は『体の声』が聴こえるんです」
整体師のヨシトはシワの浅い笑顔ではにかんだ。
「なんとなくわかります。先生の整体の後は、体の細かいところに意識が向く感じがします」
「意識をちゃんと向けてあげると、体は本来の機能を取り戻してくれるんです」

クライアントのダイチは、ほぐれた体をゆっくり起こした。
「こんな整体がもっと世の中に広がるといいですね」
「それが、まだ新規集客に苦戦してます」
「僕のコンサル料は高いですよ」
ダイチは会社を8社立ち上げた経営者だ。
整体の合間にビジネストークをするのが二人の仲だった。
「体調管理も事業も、自分でできるに越したことはありませんね」
二人とも、自分の専門分野において「自律」を大事にしている点で共通していた。

「確かまだ独立して三ヶ月でしたね。最初は知人が助けてくれるでしょう」
「はい。本当にありがたいです。ただ、そろそろSNSにも力を入れたいのですが、コンセプトがまとまらないんです」
「まあ、説明するのが難しい整体ですよね」
自分で治す。芯から整える。軸を取り戻す。
最近の整体院はどこも似たような言葉を使っている。
「今まで20人くらい来られて、5人は継続してくれてます」
ダイチの体が目覚めてきた。

「今まで来てくれたお客さんに、連絡は取ってますか?」
「いえ、連絡がくるのを待ってます」
「どうして連絡しないんですか?」
「僕のペースではなく、お客様のペースで整体を続けていただきたいので」
「……忙しい現代人が、ふだん整体のことを考えると思いますか?」
「多分ないですね」
「せいぜい体の調子が悪くなってからでしょう。だから『プロ』が必要なんですよ」
「でも、何を連絡すればいいんですか?」
「そこはもっとお客様自身のふだんの生活を知らないと」

ヨシトは今まで来てくれた人たちの日常を想像した。
「……忙しくしてそうですね」
「仕事の調子はどうですか、とか、最近何が忙しいですか、とか、気にかけてもらえた方がお客さんは嬉しいですよ」
「確かに」
「そうやって身近なお客さんから集めた情報をもとに、その人たちが喜びそうなことをSNSで発信すれば、必要な人に響くと思いますよ」
ヨシトは心得た様子でアイデアをスマホにメモした。

□ 今まで来てくれたお客様の名簿をつくる
□ 一人ずつ近況を伺うメッセージを送る
□ ヒアリング内容をもとに、アドバイスをSNSに載せる
□ お客様の特徴をまとめてコンセプトにしてみる

ヨシトの表情がスッキリしたことを確かめて、ダイチはしたり顔で言った。

「体の声を聴くのも大事ですが、人の声も聴いてくださいね」

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