教育とは何か

※このnoteは、僕の個人的な考えとネット上で閲覧可能な情報源(例:Wikipedia)を基に、僕が興味を持ったある概念について、その概念の定義を仮定し、自分一人で推考してより正しいものへと近つける練習です。
僕一人で行っているので、致命的な偏りが生じる可能性があるので、その点はご了承ください。


皆さんこんにちは、一浪です。

今回は「教育」がテーマです。


自分の中での教育

何も調べない状態での僕の教育の定義は次のようなものです。

「教育とは、人間が足りないものや知らないことを得ることである。」

なぜ、人間の子どもとしなかったのかといいますと、
教育とは子どもだけのものではないからです。
大人も習い事をやる人がいます。

しかし、教育の範囲を
「誰かが誰かにあることを教えること」としてしまうと、
今朝知ったニュースを人に教えることも、教育になってしまいます。

これは何かが違う。

教える人と教わる人の人数が関係あるのでしょうか。
今朝のニュースを人に教えることは、
教える人と教わる人が1対1だから違うのでしょうか。

けれど、個別授業は教える人と教わる人が1対1です。

人数での定義はできない。

では、年齢でしょうか。
教える人が年長者で、教わる人が年少者であると
仮定するとどうでしょうか。
これも例外があります。

ある職場で10年間働いている40代の男性Aが、
先月入社してきた50代の男性Bを指導するという場面がありえます。

もちろん、教え教わるの関係の大部分は
年長者から年少者へ対するものです。
これは教える人が教わる人の知らないことを知っていることが
教える人の条件なので、
多くの場合必然的に年長者が教える人になるからです。

僕が違うと思う理由は、
教える時間です。

例えば、小学生がプロの野球選手になろうとしているとします。
その小学生がプロ野球選手になるには、何年もかかりますよね。

誰かに何かを教わって、「知る」。
そして、その「知る」ことを何度も繰り返し、
その人に積み重なった「知識」が、その人の行動に影響し、
教育というものの体系をとるようになるのだと思います。

世間の教育

参考として、Wikipediaの教育の項目をとりあげます。

教育は、教え育てることであり、ある人間を望ましい状態にさせるために、心と体の両面に、意図的に働きかけることである。教育を受ける人の知識を増やしたり、技能を身につけさせたり、人間性を養ったりしつつ、その人が持つ能力を引き出そうとすることである。(引用:Wikipedia)

この文中の「その人が持つ能力を引き出そうとすること」は、
1日ではできそうもないですよね。

やはり、教育とはある期間中教える人が教わる人に関わり続けて
成り立つものではないでしょうか。

結論

僕の結論は次のものです。

教育とは、知ることの積み重ねであり、その得たり身に付けたりした知識で
能力を引き出すこと。

余談

今回は教育について書きました。
ですが、「なんのために教育をするのか」には触れませんでした。

これは、人間はどうあるべきかという問いに対しての答えが出て、
その答えを基に目的が形作られるからです。

また、教育の目的は
学校のあり方にも深く関わっていることです。

学校のあり方については、明日にでも書こうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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4月から高専生/16歳/不登校の経験から,全ての人が楽しめる学校を作ろうと思い,勉強中⇒理想は暗殺教室/なりたいものはYoutuberと数学者と表現者.目標:日本の教育を変えること.幼稚園入る前から一日5時間工作するのが趣味で集中力を授かった/