しめかざり探訪記[6]――福岡県北九州市旦過市場の真っ赤な出会い
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しめかざり探訪記[6]――福岡県北九州市旦過市場の真っ赤な出会い

 今回は、2009年に訪れた福岡県北九州市での「しめかざり探訪」を振り返る。私は12月27日に東京を発ち、福岡県を3日間で巡る旅に出ていた。行程は「能古島〜天神〜直方〜福智〜木屋瀬〜小倉」。最終日の小倉での一日を記してみる。

「北九州の台所」へ

 12月29日。小倉駅近くのビジネスホテルで目覚め、さっと身支度をし、リュックを背負って出立。やはり南の年末は暖かくて、体が楽だ。ダウンジャケットの上に着ていたゴアテックスのパーカーを脱ぐ。

 小倉駅から都市モノレールに乗って旦過駅へ。今日の目的地は「旦過市場(たんがいちば)」だ。
 旦過市場は、旦過駅の前に流れる神嶽川(かんたけがわ)に沿って、180メートルほど続く商店街。横道、小道も多く、なんと川の上にまで店舗がせり出している。今では「北九州の台所」とも称されるこの大きな市場に、しめかざりを求めてやって来た。

 「旦過」という名称に興味を覚えて調べてみると、諸説あるうちの一つがとても気になった。昔、小倉にある宗玄寺の門前に「旦過寮」という宿泊所があり、そこは旅の僧が「資質を試す場所」だった、というのだ。資質を試す場所とは……?
 少しひるんだが、目の前にはもう、旦過市場と大きく書かれたアーケード街がある。よし、旅の僧のように、心を落ち着けて足を踏み入れよう。

1_アーケード入口

↑アーケード入口

「資質を試す」市場

 いやいやいやいや、落ち着いている場合ではない! 想像をはるかに超える人混みで、全く身動きがとれない。上を向かないと窒息しそう。
 この感じは、一番ひどい時の通勤ラッシュだ。ここが車内と違うのは、全員が別々の目的地(店)に向かっているということ。体は押され流され、よほど意志を強く持たないと、目的地にはたどり着けない。私の横にいた二人連れのご婦人も、相方に「振り返らんでよか!! 前へ!前へ!」と怒り気味に指示していた。
 そんな私に見えるのは、頭上の看板だけ。「くじら」、「ぬかみそだき」、「漬物」、「饅頭」、「かまぼこ」、「鮮魚」、「すし」。どの店も気になったが、リュックと一眼レフを抱えた私は、人のあいだの小さな隙間に押し入ることができなかった。そうか、これが「資質を試す場所」……。

2_人混み

↑アーケードの人混み

 心頭滅却して流れに身を任せていたら、突然何もない場所にポイッと放り出された。店と店の間のような狭い空間だ。やれやれと一呼吸し、なにげなく視線を落とす。するとそこには、小さな机と、椅子に座った男の子がいた。5〜6歳だろうか。机の上には、横幅3センチくらいの丸くて赤いダルマが50個ほど並んでいる。ダルマも男の子も、あまりに可愛らしい笑顔で私を見上げているので、思わず一つ購入してしまった。これは置物ではなく、「ふく福ダルマ」というおみくじだった。

 ダルマの裏に押し込まれていた「おみくじ」には、こう書いてある。「今年のキーワードは真っ赤な太陽。真っ赤に燃える太陽だから真夏の夜は恋の季節です。めざせ夏の上の雲」。うーむ。美空ひばり風味のシュールな内容だったが、とにかく「赤」がキーワードなのだと解釈しておいた。

3_ふく福ダルマおみくじ

↑ふく福ダルマおみくじ

しめかざりの露店

 ダルマをポケットに入れ、意を決して通勤ラッシュに再突入する。けれども、その人混みは案外すぐに終わり、突如として広場のような場所に出た。
 そこには、しめかざりの露店がいくつも並んでいた。角材とベニヤで作られた仮設店舗で、どの店も屋根はブルーシートで覆われている。店の前で立ち止まる客も多く、「買っていく?」、「どれにする?」、「それ大きいよ」、「何個にする?」などと楽しそうに物色している。

 露店に並ぶしめかざりは、どうやら「鶴」のかたちのようだ。鶴には吉祥、長寿、穀霊神などの意味があり、九州ではよく見られるモチーフ。しかし、その造形は地域によってさまざまで、旦過のものは「丸い」鶴だった。華やかな色紙を巻かれた藁束が、扇のように開いて「鶴」の羽を象っている。よく見ると、その色紙は「のし紙」だった。大切なもの、というしるしだ。

4_露店いろいろ

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運命の出会い!?

 広場のはずれに、ひときわ大きな「鶴」を飾っている店が見えた。興味津々で近づいてみると、そこには「真っ赤な太陽」ならぬ、「真っ赤なおじいさん」が! 

 とにかく着ているものがすべて赤い。ジャケットやズボンはもちろん、インナーも帽子も赤。その「赤」の色調まで揃っている。まるで戦隊モノのヒーローだ。「さっきのおみくじ、当たるなぁ」と、ダルマの即効性にもおののく。

6_おじいさん

7_おじいさんの露店

↑おじいさんの露店

 そのおじいさんは、しめかざりを作りながら店番をしていた。
 まず、店が大きい。やはり「南の露店」という感じがする。積雪や強風に悩まされる北の土地では、ここまで大きく開放的な露店は見なかった。多少大きかったとしても、小屋の三方、四方には壁が立ててあった。

 真っ赤なおじいさんは、健康そうな張りのある声で、「おれはこのあたりじゃ有名よ〜」と言った。私は心の中でウンウンと頷き、おじいさんの手の中の「鶴」を見る。
 この露店のしめかざりは全ておじいさんが作っている。材料の藁も、自分の田んぼで育てたもの。30歳ごろから作り始め、今は70歳を超えた。作り方はお父さんに習い、お父さんはお爺さんに習ったという。この「技」も「田んぼ」も、大切に守ってきた。

 とはいえ、40年間ずっと、全く同じものを作っていたわけではない。毎年、「去年よりも良くしたい」との思いで試行錯誤している。その結果、勢い余ってこの「巨大鶴」に行き着いたのかもしれない。

8_巨大な鶴とおばあさん

↑巨大な鶴とおばあさん

 そしてもう一つ、「これはおれのオリジナルよ」と、大きな一文字のしめかざりを指差した。
 それは、太い胴体に細縄が隙間なく巻かれているもので、左右幅は130cmくらい。その力強い印象とは対照的に、両端からは藁の穂先が繊細に飛び出している。
 「力強いですね!」と声に出して言うと、おじいさんは少し照れたように、「かっこいいかな、と思って……」と言った。この飽くなき「創造力」が、おじいさんの活力なのだろう。

9_おじいさんオリジナル

10_おじいさんオリジナル

↑おじいさんのオリジナル。両端の細工にはバリエーションがある。

決意の梱包

 私は、おじいさんの「オリジナル」を購入することにした。できれば宅急便で自宅に送りたいが、両端の穂先が繊細で破損する恐れがある。しかし、手で持ち帰るのも大変そうだ……。

 かなり悩んだが、やはり自分で持ち帰ることにした。

 そうと決まれば、帰路に耐えうるような「しめかざり専用ケース」を作らねばならない。まず、梱包に必要な「しめ探七つ道具」(カッターやテープなど)を路上に並べ、新聞紙とダンボールだけおじいさんから分けてもらう。脳内で図面を引き、ダンボールをその図面通りにザクザクと切っていく。そのパーツを組み合わせると、いびつなケースが出来上がる。新聞紙でしっかりと包んだしめかざりをその中に入れ、隙間には丸めた新聞紙をこれでもかと詰め込み、ガムテープでぐるぐる巻きにする。

 さすがにおじいさんも目を丸くして言った。
「すごいなぁ。がっちり梱包してんなぁ。どこまで持って帰るんだ?」
「東京……まで。」
「東京!? なんでまた! 東京へヨメに行ったのか!?」
「私、こっち(九州)出身じゃなくて、ヨメにも行っとりません……。」
「……。」

 私の行動の意図がつかめず困惑するおじいさんを横目に、少し汗ばみながら作業終了。梱包されたしめかざりは、意図せず「ライフル銃」のような形状になってしまった。
 そこへおばあさんが来て、ストラップのついた小さな「鶴」をプレゼントしてくれた。私はそれをリュックに付け、梱包したしめかざりを背負い、二人に礼を言って小倉駅へ向かった。

帰路へ

 17時47分、新幹線のぞみ52号に乗車。座席の足元に、私の身長より高くなったしめかざりを立て、シートベルト(?)を掛ける。

11_新幹線の中

↑新幹線の中

 ペットボトルのお茶を一気に飲み、荷物の重みで痺れてしまった両腕をさする。すると、市場での強烈な「おしくらまんじゅう」の感覚が、皮膚によみがえってくる。
 客も店主も、魚も饅頭もかまぼこも、犬も猫も、すべてが揉みくちゃになって、一つになる。その時は「勘弁してよ」と思ったが、思い返せばあれは、「幸せな」おしくらまんじゅう、だったのかもしれない。皆で肌を合わせ、「やっぱりここがいいね」、「今年も一緒で嬉しいね」と伝えるための。

 そんな幸せに、長年寄り添ってきたのが、旦過市場のしめかざり。たくさんの人々を、「新しい一年」に導いてきた。あの露店の数やしめかざりの量が、それを物語っている。
 そして、その担い手の一人が、真っ赤なおじいさん。先祖代々の田んぼを守り、この土地で40年もしめかざりを作ってきた。おじいさんの元気が、旦過の元気だ。

 22時26分、品川駅に到着。自宅に着くのは0時頃か。夜道でライフル銃を背負う女は、職質を受けずに帰宅することができるだろうか。

※本稿の内容は2009年のものであり現在の状況とは異なる場合があります。
森 須磨子(もり・すまこ)
1970年、香川県生まれ。武蔵野美術大学の卒業制作がきっかけで「しめかざり」への興味を深めてきた。同大学院造形研究科修了、同大学助手を務め、2003年に独立。グラフィックデザインの仕事を続けながら、年末年始は全国各地へしめかざり探訪を続ける。著書に、自ら描いた絵本・たくさんのふしぎ傑作集『しめかざり』(福音館書店・2010)、『しめかざり—新年の願いを結ぶかたち』(工作舎・2017)がある。
2015年には香川県高松市の四国民家博物館にて「寿ぎ百様〜森須磨子しめかざりコレクション」展を開催。「米展」21_21 DESIGN SIGHT(2014)の展示協力、良品計画でのしめ飾りアドバイザー業務(2015)。2017年は武蔵野美術大学 民俗資料室ギャラリーで「しめかざり〜祈りと形」展、かまわぬ浅草店「新年を寿ぐしめかざり」展を開催し、反響を呼ぶ。収集したしめかざりのうち269点を、武蔵野美術大学に寄贈。
2020年11月には東京・三軒茶屋キャロットタワー3F・4F「生活工房」にて「しめかざり展 渦巻く智恵 未来の民具」開催。
https://www.facebook.com/mori.sumako
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