音楽に宿る精神性

Rock ‘n’ Roll might not solve your problems, but it does let you dance all over them – Pete Townshend
(ロックンロールは君の問題を解消しないかもしれないけど、忘れて踊らせてくれる。)

音楽でもライブでもなんでもそうなんだけど、僕は昔からミュージシャンがステージの上から精神論を語ったり、なんだろう、こう、あなたたちの力になりたい的なことをいうのがどうも苦手である。そのなんていうんだろう''音楽における精神性''みたいなもの前面に出す感じっていうのかな、表現が難しい。だってそれは、聞いているお客さんより自分たちの方が上であるという前提の素で成り立っている気がして、なんだか少し怠慢なんじゃないかな?という気がどうしてもしてするし、なんかこう、音楽自体をその精神性でもって補強する演出って、もちろんかっこいい人はかっこいいとは思うんだけど、どうも自分たちがそこまでやるのは恥ずかしいと言うか、バツが悪いなあと言う気がしてしまう。そこまで作り込みできねえな〜というかね。誤解なきように書いておくと、もちろん例外もあるし、そういう職業役柄的にやっている人もたくさんいて、カッコいい場合もある。それは一個のやり方としては非常に正しいことだし。だから誰が間違ってるとかそう言う話ではない。個人の好みの話です。

冒頭の言葉に戻るけど、おそらく本当のことを言うと、ロックミュージック自体には、別になんの効能もないのだ。問題はそれを聴いた人がどう思うのかどうかであって、魔法は僕たちの音楽ではなく(こっち側)ではなく聴いてくれている人の側(そちら側)で起きているんだと思う。

多分そういうことがベーシックな考え方としてあるから、自分たちのライブにおいては、なるべつ押し付けがましくならないように思ってる。自分たちの音楽が誰かの救いになるなんて全然思わない。そんな高僧なもんじゃない。もしかしたら結果として救いになるかもしれないけど、救いになる前提で別に作ってはいない。悩みも解決できない。ただ、その場にきた数十分、確実にそれを忘れさせるような演奏をしよう、とは思っているけれど。時としてそれは少し冷たく見えるかもしれないな、と思うときはある。ただそういうことではなくて、僕らとあなたは等しい立場であって、どっちかというと精一杯、一緒に楽しみたいかな。同じ空間で、違う人生を歩んできたけど、今ここで一緒に同じ音楽で楽しんでいることに感謝したいかな。と思います。

今日10日ぶりくらいに東京に帰ります。家の草、どうなってるだろうな〜。色々したいこと、溜まってるなあ〜。でもまだまだツアーは続きます。お楽しみに。

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ただの記録です。

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音で画く、音を編む。
音で画く、音を編む。
  • 289本

その日の夜、僕は「音画」を目指しているのだとはっきり解った。数年考え続けていた事への解答だった。 だから何をしても許されるし、現実に何をしても良いのだと思う。 自分の中で制約をつけてしまいがちなゲーム音楽の世界からフッと自由になった気がした。ゲーム音楽を「VGM」と呼ぶ事自体、単なる記号化でしかないのだ。 音楽はもっと自由であるべきだし、理論〈マニュアル〉や発音数〈ハード〉を気にするよりも、作品自体に何らかの意志が投影されていれば、その世界を充分に楽しむ事ができるはずだ。 「ゲームに合っていれば良い」時代は終わりである。だから僕は「音画」を創りたい。 ( 小倉久佳『nouvelle vague』ライナーノーツより)