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素人が短編小説を書いてみる「 花をくれた子。」

中学生の頃を振り返ると、悪い事も有ったけど、おおむね幸せだったと思う。異性に興味を持つようになったのもこの頃で、最後に甘酸っぱい想い出が訪れた。最後というのはつまり卒業式とその前日。卒業式前日の淡い夕暮れが差し込む玄関、そこに位置する下駄箱をいつも通り覗くと3年間常に女っ気もなく殺風景なシチュエーションを保ち続けた下駄箱の中に、ギャップを感じるポップでかわいらしい封筒が薄汚れたスニーカーの上、美女と野獣的な組み合わせで横たわっていた。

それをひったくりを演じるかの如く、さっと手に取り足早に学校を去り、家の自分の部屋のベッドに身を投げながら早速開封すると、封筒に合ったお洒落な便箋に「明日、卒業式後のホームルームが終わって1時間後、おそらく誰もいない教室のあなたの席で待ってます」という簡潔な文が女性特有のやわらかい字で書かれ、その文の少し右下には、当時片想いしていた女性の名前が控えめに添えられていた。

冬が終わり、春を五感で感じる頃、やっと自分自身にも最後の最後で本当の春が訪れた。その片想いの子とは結局3年間クラスは違っており、おそらく神の犯行と思われるその運命のいたずらをひたすら憎んだものだが以前放課後廊下で彼女が前を歩いていた際に落し物をした時、それをチャンスと言わんばかりに拾い渡せば「ありがとう」と言われる位の接点は一応存在していたし、自分をからかってくるクラスメイトの邪悪な男連中が彼女と通う塾が一緒故に割とシャイな彼女とそれなりに接しているのは気に食わなかったが廊下等ですれ違う度、彼女は友達と何かを小声で話しながら常に自分に向かって同じ笑顔を用意していたのは事実に違いない。

さて、自分にとっては耳にはノイズ、目にはアイマスクに等しい卒業式とホームルームを終えた後、少しずつ学校から離れていく生徒達を時に教師目線で見送りながら約1時間という時を適当に過ごした後、もはや用なんて無いはずだった教室へ向かった。そして誰かが何人か教室に残ってるかも、というネガティブな予想は見事に外れてくれた。

自分の席に、彼女は居なかった。そして彼女の代わりに「居た」のは華やかな花だった。後から付け加えたような春らしい黄色いチューリップを除き、花の種類は正直良く分からなかったが、それは墓や実家の仏壇に飾られているようなバラエティに富んだ色が印象的な、厳かでありながら華やかさも携えたものであり、おそらくシャイな彼女の場合会うのが恥ずかしくて自分の気持ちを机の上に花を置く事で示したのだと瞬時に理解した。そしてこれらの花はわざわざ花瓶に入れられ、手でそれを揺らせば水が入っている事が分かる点からも彼女なりの気遣い、自分への思いやり、そして几帳面な性格を伺わせ、直接会えなかったにしても自分は大変嬉しかった!

そして机には「Shine」という文字が彫られていた。なるほど、中学を卒業しても輝いて欲しい、輝いた存在であれ、という事か。あの子には会えなかったが、清々しい気持ちで学校を出た。晴れた春の空と同じ色の気持ちと花を携えながら。

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