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表現者にとって情報を入れておく場所。

 インターネットが普及してからというもの、今では〝書く〟ということが減っている。インターネットの普及とともに育った僕も〝書く〟ことを疎かにして育った人間である。
 スマホというのはとても便利なもので、今では生活していくうえでなくてはならない存在である。暇つぶしの相手にもなるし、仕事の相棒にもなる。知りたい事はその場ですぐに調べられるので、スマホがあれば子供でも大人同様の知識と情報を持つことが出来る。
 そんなスマホがあると〝覚える〟という必要性が以前よりも無くなってきている。〝漢字〟〝言葉〟〝名前〟〝作法〟〝歴史〟〝場所〟〝方法〟など、その都度調べてわかることは、脳内に記憶しておくことを無意識に怠ってしまう。その分、自分に最も必要な知識や情報を記憶しているのならいいのだけれど、そうした人たちはたぶん少数派である。多くの人たちにとってはスマホはすでに脳の一部となっていて、スマホを持っていないことで総合的な能力が下がる人は多いと思う。
 スマホは本来僕らの探求心を上げるものなのに、最近では僕らの探求心を下げてしまっていると感じる。〝調べればすぐにわかる〟という感覚が、知りたいという探求心を下げているのではないかと感じることがある。
 宝物(情報)が遠い場所にある場合、僕らはそこにたどり着くまでのドキドキ感があり、誰よりも先に探そうと努力する。けれど自分の家の中(スマホ)に、宝物(情報)があると分かっていれば、探すのは別に明日でもいいと安心してしまい、行動が一歩遅れてしまうこともある。
 インターネットが普及しはじめたころは、探究心は高まったと思うけれど、それを使いこなして慣れてしまった現代では、逆に探求心や行動力を下げることにもつながっていると感じる。
 けれどスマホは今の時代に必要なものである。「攻殻機動隊」の世界感と、現代の世界の違いは、もはやスマホが脳内にあるかポケットにあるかの違いしかないとも感じる。

 僕が言いたい事は、スマホばかりに情報を入れてばかりでは、〝想像力〟や〝発想力〟は上手く発揮されないということである。特になにかを〝表現〟しようと考えている人は、もっと記憶する努力をしなければいけないと思うのだ。スマホよりも自分の脳に情報を入れておいたほうが、確実に表現や発想の厚みが変わってくる。アナログ時代のアーティストに敵わないと感じるのは、技術よりも脳内情報がどれだけ血肉となっているかではないだろうか。

 現代人は感覚的に脳よりスマホの方が凄いと思っている。でもそれは間違いで、スマホよりも人間の脳の方が凄いしユニークである。そこには個性があり、世界でたった一つの自分専用の脳なのである。自分の脳内を様々な情報で満たしてあげれば〝想像力〟と〝発想力〟は無限に広がる。だから表現者にとってまず辞めるべきことは、〝調べればすぐにわかる〟という考えかたである。
 〝すぐ調べて覚えておこう〟という意識を持つだけで、表現者の脳は分厚くなり、より良いアウトプットが出来る。

 手に入れた情報をスマホばかりに置かず、少しでも自分の脳内へ――。
  

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