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【短編小説】ミーナのお手柄

(100文字ノワール No.135-153 2020.8.19~2020.8.25)

135.
女が死んでる?あー、その女か。首にまだロープが巻いてある?分かった。大丈夫だ、今から俺がそっちに行く。いや、そういう連絡はするな。先に俺に電話したお前たちは正しい。俺たちの縄張りは守らなきゃならねぇ。

136.
男はその界隈で「会長」と呼ばれていた。街全体を一つの縄張りとして、麻薬や人身売買、殺人の請負を取り仕切っている。犯罪は表に出ないよう注意を払い、権力組織へ多額の現金を渡している。誰にも邪魔はさせない。

137.
この辺り、ますます人を寄せ付けない雰囲気になってきたな。注文?人間が飲めるアルコールならなんでも。会長さんは元気か?そうか、そりゃいい。昔お世話になってな。殺しの仕事があったらやろうか思って来たんだ。

138.
「ハロー、ミーナ」
「カイチョーサンデスカ」
「あぁ、俺だ」
「音声認識しました。こんにちは、会長さん」
「何か分かったか?」
「イッツ・ジ・エンド。イッツ・ジ・エンド」
「は?」
「ヴィークスがこの街に来ました」

139.
ヴィークスというのは、連続殺人犯のあだ名だ。若い女を監禁して拘束し、拷問して殺す。証拠は一切残さない。今回の女殺しと同一犯だとAIのミーナが判断した。厄介なことになった。捜査の手が街に及ぶのはマズい。

140.
「旦那は何て?」
「妙な電話がかかってきたって言ってます」
ヴィークスは、殺した女の旦那や恋人に「イッツ・ジ・エンド」と連絡を入れる習慣がある。
「女たちを家から出すな。よそ者に注意しろ」と会長は命令した。

141.
また来たぜ。こないだのマズイ酒くれよ。会長さんは忙しいらしくてな、全然会えねぇのさ。おい、何だよ、変な目で見やがって。俺は会長の古い知り合いだって。信じろよ。殺し?この街じゃ良くあるんじゃねぇのかよ。

142.
「誕生日だったよな」
「あら、可愛いペンダントじゃない。ありがとう会長」
「家にこもらせちまって悪いな」
「別に」
「絶対俺が引っ捕らえてやる」
「今日刑事が来たよ。あんたに会いたいって」
「ちっ、勘付かれたか」

143.
ヴィークスは全国を旅しながら女を犯して殺していた。ここは犯罪者の街だ。今まで住民以外にバレずにやって来たのだ。今さら警察に頼るわけにはいかなかった。自衛と予防だ。この街に居座っても無駄と思わせるのだ。

144.
また殺られた?こないだと同じやり口か。例の電話は?掛かってきたんだな。分かった。いいか、女を一人で家に残すな。伝わってないのか?女を連れて行動するか、絶対に開けられない鍵をつけるのを住民に徹底させろ。

145.
早く縄解いてくれよ。俺はあんたを昔っから知ってるって何度言っても聞かねぇんだよ。あ?昨日の夜?安い飲み屋があるだろ、マズイ酒ばっか出す。そうそう、そこ。喧嘩になってよ。よそ者だからってひどいぜ、会長。

146.
お願い。殺さないで。犯すくらいならいいって。ね、お願い。何?今何をしたの?やめてやめてやめて。痛い!痛い!無理です無理です。お願いです。やめてください。腕が腕が!痛い!あー!痛い!お願い!殺さないで!

147.
「ひでぇ殺し方だな」
「女のヒモが妙なことを」
「何だ?」
「街に刑事が来てるって」
「え?」
「おとつい、女が一人でいたら刑事が来たって」
やられた。刑事なら女もドアを開けてしまう。会長は急いで車に乗り込んだ。

148.
ヴィークスめ。警官が捜査しに来たフリをして女を漁っていたのか。住民の一番の弱みだ。自分の家にも刑事が来たと愛人が言っていた。家には誰もいなかった。電話が鳴る。
「イッツ・ジ・エンド」という声が聞こえた。

149.
愛人に贈ったペンダントに埋めたGPS。AIが指示したのは街外れの倉庫だった。ドアを開けてすぐの場所に、ペンダントが落ちていた。拾おうとして身をかがめた会長の首に、太い縄がかかる。次の瞬間、床が落ちた。

150.
良いザマじゃねぇか。お前に散々コケにされたことは良く覚えてる。女を横取りしやがって。何が会長だ、ふざけんな。ヴィークスはもうこの街にはいねぇ。俺が呼んだんだ。満足したってよ。俺もマズイ酒におさらばだ。

151.
「終わったぜ」
「そう」と会長の元愛人は答える。
「これで行こうぜ。どうせ持ち主は吊るされてんだ」
二人は会長の車に乗り込む。向こうの橋を渡ったら街の外だ。
「カイチョーサンデスカ?」という音声が流れてきた。

152.
「何だ?」
「音声ガイドよ」と女が答える。
「どうする?」
「さぁ」
「カイチョーサンデスカ?」と音声が繰り返す。
「そう、会長だ」と男は答えた。
「音声認識しました」
「認識しちゃったよ」と二人はケラケラ笑った。

153.
AIミーナは、他人が会長を偽るとき車が盗難されたと認識する。犯罪データが満載の車。流出は禁物だ。車が橋の上に差し掛かったところで、ミーナは自爆装置を起動させた。スリー、ツー、ワン。イッツ・ジ・エンド。

Epilogue
「なんだ?」「ガスでも爆発したんじゃねぇか?」「花火だろ」「煙が上がってるぞ」「車だな」「車の整備はちゃんとしとかねぇと」「おい、見に行こうぜ」「よせ」「違うって、燃えてんの会長の車なんだ」「マジか」 (了)






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