法務外注の失敗談とそこからの学び
きっかけ
へーしゃの状態は、ざっくりまとめると「法務機能を外注します!って法務を廃止しちゃった件」。社内の温度感としては、「弁護士にまかせれば全部どうにかなるっしょ!あとは各じぎょーぶのトップが責任取ってね!」の精神。
— 窓際猫(Katze) (@HieteruBanana) January 10, 2025
結論、いい面も悪い面もありました。
これを受けて、過去の自分の失敗と思ったことを投稿したところ予想外の反響があった。
法務機能の外注化については、法務部署廃止ほどでないがやったことあって、いずれも失敗した。
— コウモリIT法務 (@koummori) January 11, 2025
失敗談①
ルール無視や契約書も作れない杜撰さより受注を優先してとにかく突っ走るのを静止して整理したうえで契約書類なりをアウトプットしていたが、経営層には整理が「邪魔」と認識されていたようで
外注する側である各社、受注する側の弁護士双方、法務外注をしたら何が起こるのか、どうやったらうまくいくのかに関心があると想像したので、もう少し深堀してまとめておこうと思う。
なお、これはそれなりに過去の話であることを申し添える。
外注の状況となぜ「失敗」と判断したか
2度外注したことがあり、それぞれ状況がことなるが、いずれも以下の状況であった。
法務は私1人
会社は上場中堅
1回目の状況
背景
課題:案件がスムーズに進まない(経営層から見て)
法務外注の決定者:経営層
法務外注先:顧問弁護士
コミュニケーションツール:システム、メール、電話
相談するかどうかの判断者:現場担当者
結果承認の判断:現場担当者、通常の決裁承認ルート(一応、このルートを使う場合は私が経路に入ることになっていたが、否認権限なし)
このときは、いろいろあって案件受注が最優先され、イレギュラーな案件が非常に増えていた。
社内の仕組みやルールはすぐに変わらないので、既存の仕組みやルールに合わせて案件を調整しなければいけないが、そもそも(一部)ルールの遵守意識が低く、(一部)適切に運用されていない状況であった。
そういった状況を主に私が調整していたのであるが、契約書を作るとかチェックするとかの前の段階であるので、「まずはここを決める、ここは断る、ここはこうやって社内調整する」ということを手取り足取りやっていたのである。
そうすると何が起こったかというと、「現場は『契約段階』と営業報告をあげるが、いつまでたっても契約が進まないので、『法務審査で止まっている状況』」と(明言されるかはときどきだが)レポーティングされていた(らしい)。
経営層(なお経営層自身がフロント対応している案件もごく当たり前に発生していた)がこれを「法務に問題がある」と捉えたかは本音の部分なのでわかりはしないが、建前は「法務もリソースが大変そうだから、外部に相談ルートを作るのがいいのではないか」という提案で決定された。
なお私に事前ヒアリングはなく、決定後に説明された。
何が起こったか
前述のとおり受注が最優先されたため、リスクや適正な社内手続きに乗るかよりも「契約する」が目的化されていた。
法務外注にかかわらず、スポット案件のような後に尾をひかない案件であれば私も目をつむってきたが、逆にいうと長期的な関係になる契約は慎重に確認・調整を行っていた。
そして長期的な関係になる案件は契約条件が複雑なものになりがちで、調整・ドラフトの工数がかかる。
しかしこの外注ルートができたことで、現場担当者がこのような長期・複雑な案件の相談を安易に弁護士にドラフト依頼してしまった。
しかし、書籍にあるような典型的な契約類型ではないので、不足やズレがある契約書が締結されてしまった。
また契約書中の用語も社内で用いられているものと異なるため、社内手続きやほかの(現場含め)担当者が読解する際の理解に支障をきたした。
つまるところ、「これは何の契約なのだ?」というものができあがってしまった。
また、時間的制約や情報の不足などもあり、契約書がツギハギで作成・修正され、記載の重複、矛盾、揺れなどの形式的な問題もあった。
結果、契約締結段階は「まずはこの程度から」という内容で、すぐに次のフェーズに進むことが容易に想定されたが、契約書の内容では対応できなかった。
では見直しをかけるかというと、一度締結した以上双方再締結する手間を惜しみ「これはこういう解釈でいいのでは」「現場は握っている」となんだかんだで理由をつけ手をつけなかった。
もはや契約締結の目的が形骸化したため、失敗と判断した。
失敗の原因
そもそも法務外注する以前から「契約段階に進む状況でないこと」が課題であったが、それが無視された。そのため外注しても解決できなかった。
案件を整理し、顧客と調整する現場担当者が不足していた。(人の入れ替わりも激しく)
究極、経営層が法務・社内手続きを無効化することを許容していた(ように感じていた)。
2回目の状況
課題:法務の工数不足
法務外注の決定者:私
法務外注先:今でいう法務外注
コミュニケーションツール:外注先指定のチャットツール
相談するかどうかの判断者:私
結果承認の判断:私(通常の法務相談と変わらない)
このときは、案件数が増える時期のスポット増強と、トライアル的な状況であった。
なお事前に契約書雛形や法務資料を共有した。
何が起こったか
私が案件を選択して、外注先とのコミュニケーションへ案内していたが、普段社内で使っていないツールであったので、ツールの使い方の案内、チャネルの増加などの工数が増えた。
また決裁承認に進むにあたって法務審査を受けている、その過程と結果を報告するため、案件情報の保存を別の方法で行う手間が増えてしまった。
外注する案件の選択を私が行っていたが、前述の長期・複雑な案件は私が対応する前提で、その工数捻出のためスポット案件・典型案件の外注を期待していたが、このときはそのような案件があまり発生しなかった。あるいは発生しても案内する工数より、私が対応する方が(現場担当者を含めトータルで見て)工数がかからないと判断するものが多かった。
結果、数件の実績に終わり、費用対効果、法務工数増強(対応すべき案件への注力)目的を達成できなかったので、失敗と判断した。
なお副次的効果として「前提文脈を共有しない外部とのコミュニケーションを体験する教育的効果」を多少期待したが、件数が限られたので効果はなかった。
失敗の原因
事前にフロー設計と評価は行っていたが、想定以上にコミュニケーションツールが社内のフローにマッチしなかった。
品質的には特に問題のあるものは生じなかったが、そもそも後に尾をひかないようなスポット案件を選んで外注していたので、全体工数対比でのボリュームでみて効果が薄かった。
法務外注と通常の相談の違い
当時は法務外注、法務機能アウトソーシングが今ほど盛り上がっていなかった(そういう言葉がなかった)ので違いについて明確に意識していなかったが、今振り返ってみると以下の違いがあろう。
(法務担当者をやりとりに含める形も含め)現場の担当者が弁護士なり外部の専門家と直接やりとりすることはM&Aの案件などでは以前から行われているであろう。
それとの違いは以下があろう。
M&Aのような頻度の少ない案件は、社内の担当者も前裁きができるほど習熟していないので、この段階から専門家に託すのが効率的。
M&Aのような案件は、社内の通常の業務フローに影響を及ぼす範囲が限られる(M&A後の買収対象会社の業務の組み入れ、変更などは必要だが、これは時間をかけて社内で検討されるのが通常)。
M&Aのような案件は、金額規模も大きいので、早めに相談する理由が社内的(経営層向け)に説明しやすい。
M&Aのような高度に専門化した類型は、前裁き、後に起こる問題も含め知見がある程度一般化されている。
失敗の原因
私としては「相談する側が相談するだけの能力がなかった」が原因と考える。
dtk氏は委託する側の問題もある点を指摘している。
一方で、受託側も一定の品質面や少なくともアラートをあげてほしかったという気持ちもある。
井垣弁護士が以下のポストで受託する側のスキルの違いについて指摘している。
法務外注の失敗談が流れてきましたが、法務のアウトソーシングの受託は、通常の弁護士のスキルとは別のスキルが必要で、街弁の顧問業務の延長とか企業法務をやっていた弁護士が同じようにできる仕事ではないです(そのノリでやると事故が起きます)。
— 弁護士井垣孝之(法務アウトソーシング) (@igaki) January 11, 2025
やばい担当者や案件の取扱いがその一例ですが、…
まとめると、当時の状況を考えてみるに、以下の原因があった。
顧問弁護士は「整えられた相談」を「共通言語を共有する法務から」受けることに慣れていた。いきなり現場担当者との用語、情報整理から対応するには、内部情報、やりとりを学習する機会がなかった。
相談する側が意図的にせよそうでないにせよ「言わない」「言語化しない・できない」事項があるという認識が外部では意識されていなかった。
現場で契約相手と合意されていること、中長期的なビジョン・アクションが、現場担当者の理解と齟齬があった。(これは外注するとか以前の問題)
社内的な手続きや制約事項が伝えられていなかった、伝えるほど言語化されていなかった。
現場担当者の契約リテラシーが低かった。「何のために契約するか」が理解されていなかった。契約は案件に応じてアレンジされるものであることが理解されていなかった。
予想される状況変化、トラブルなど「将来のこと」の想像が軽視された。
これらの事情や猜疑心をもって普段の法務対応を行っているが、経営層がこれを軽視・無効化する仕組みを容認した。
法務審査にかける時間が確保されていなかった(これは外注決定以前からの課題)。
後々の影響を考えて、法的リスクを受容する(その契約の品質を捨てる)かどうかの判断を行うフローが設けられなかった。
※形式的には決裁承認フローで判断されていることになっているが、実質はされなかった。
うまく法務外注を機能させるためには
まず法務外注する側は、以下の準備が必要である。
現在の法務審査の前後の手続き、インターフェースツール(対面、メール、チャットなど)、案件管理ツール・方法を棚卸し、外注する法務審査のフローを調整するか、外注に合わせて特別なフローを組む。
法務外注する目的、法務外注する範囲を定める。
典型化されている案件の「数」をこなすようにしたいのか。
非典型の案件の「対応幅」を増強したいのか、その頻度は。
典型案件を外注して非典型案件に割く工数を増やしたいのか。目的に照らして費用対効果の基準を定める。
以下を考慮する。
・継続的に発生するなら現在の担当者の人件費で賄えるのか、残業が必要であるならば健康状態に見合うか
・採用できるならば法務担当者を雇うのとどちらがよいか
・スポット対応ならばその期間にかけてよい予算期待する品質を定める。品質に満たないアウトプットを、受容するラインを定める。逆に過剰品質についてどのように考えるかも定める。
前提となる普段の法務審査の観点、基準を言語化する。
これはそもそもできていないと社内の法務担当者を採用したときに教育に困る。
なんのことはない、普段業務委託契約のチェックで現場担当者に指摘しているはずのことである。自分の業務を委託するのだから、同じ観点で考えるべきである。
※なお、予算をあてられずに、業務は増え続ける、品質を落とすことは許されないなら、その会社は見限るべきである。
次に受託側は、以下のスキルとマインドが求められると思われる。
現場担当者の言っていることを鵜呑みにしない。
「相手とは合意している」と言いながら合意していないケースは多々ある。わからない用語はしつこく質問する。
往々にして説明に抽象的な用語・社内用語を使っている場合は契約相手とも齟齬が生じている可能性が高い。社内の前後の手続きに気を払う。
場合によっては法務担当部署以外の人と1度コミュニケーションをとった方が良い。「○○は担当部署へ確認ください」といっても現場担当者は「○○は確認します。ところでXXはどうでしょうか?」と逃げるだけである。案件を創作しない、判断しない。
これは通常の法律相談でも同じとは思うが、法務外注になるとよりあやふやな状態、未決定な状態での相談が増える。そうすると余白を埋める必要がでてくるが、そこを外部が補完してしまうと「弁護士がこう言いました」、ひいては「弁護士曰くこれが一般的なようです」と利用されてしまう。
最後に、外注先と品質(アウトプットの要求事項充足度、かかった時間、納期管理)について定期的に振り返りを持つべきである。