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嗚呼 #003

11月2日
今日は秋雨。今日もベランダで煙を蒸す。

透明のビニル傘をさした男が、珈琲を両手に大事そうに持ちながら、柿塚写真館の前を歩いている。「誰と一緒に飲むのかな?奥さんかな?」。そして、ヤクルトレディーが大通りを三輪バイクで飛沫を上げながら疾走していく。今日も乳酸菌をお客さんのもとに届けている。なんでもない日常がとてつもなく愛おしく思える月曜の朝。

11月3日
文化の日。明治天皇のお誕生日。夜雨が過ぎ、気持ちの良い秋晴れの朝。セブンで珈琲と煙草を買う。大好きなチキンナゲットも。

「向こうは濡れてないですよ」、男が唐突に話しかけてきてくれた。雨で濡れた地面の中で乾いた座り場所を探していた僕に気づいてくれたみたいだ。こんなふとした優しさが沁みる。

「KOUちゃんてさ、相手の懐に入り込むのが上手いよね。でも、ふとした時に急にその距離感が嫌になっちゃうんだね。」友人のデザイナーの一言が脳裏に浮かぶ。僕は完璧主義者なのだと思う。相手のことを知り過ぎるあまり、ひとつでも苦手なところが見えるとサーッと身を引いてしまうのだ。だからこれからは、相手との距離感を大事にしていきたい。まさに、「心のソーシャルディスタンス」を確保して生きていこうと思う。

「カメラの調子が悪くて‥‥」突然、知人から連絡があり、指定された場所へと行ってきた。話を聞くと、どうやらシャッターが切れないらしい。ふむふむ、「一旦カメラを初期化しますね?」僕は慣れないコニカミノルタのボタンを操作してみる。すると、治った。正確には操作しただけ。でも治った。前日に、彼女は某カメラのキタムラにその壊れたであろうカメラを持って行ったらしい。そして店長が出てきて「これは修理ですね。でもとても古い機種なので修理もできないですね。」と突っぱねられたらしい。僕は店長に勝った。知識じゃなくて、愛情で勝った。「知人のカメラを治してあげたい」という想いがカメラに伝わったのだろう。彼女は僕に言った。「今、めっちゃ嬉しいでしょ笑」と。彼女は僕を見透かしたかのように微笑んだ。きっと彼女は僕の全部を見抜いていたに違いない。フリーランス保健師である彼女は続け様に言った、「なにか体調面で気になることはありませんか?」。僕は五秒くらい考えて、「煙草は一日何本まで吸っていいですか?」と。僕は咄嗟に間を埋めようとその言葉を繕った。ただ、彼女は見抜いていたのかもしれない。きっと僕が心の奥に何かを潜めていることを‥。
 
「悠美子」。その名前を一日たりとも忘れたことはない。12年間愛した女性。愛し愛されていた。相思相愛だった二人。当時、LINEは無かった。FacebookもInstagramもTwitterもなかった。だから、今スマホに残っている情報は電話番号だけだ。「元気でいてくれてる?」ただ、それだけが知りたい。でも、その唯一の電話に出てくれない。もしかしたら、出られないのかもしれない。今ふたりは離れ離れ。それは宮崎と秋田という物理的な距離じゃなくて、むしろ心理的な距離。僕は現実を知ることが恐い。生きていてくれたら嬉しい。素敵な人と巡り会って結婚していたらもっと嬉しい。幸せな家庭を築いていたら更に嬉しい。

あの日、僕は彼女を傷つけた。彼女があの時に受けた悲しみや寂しさ、そして怒りは僕の想像を遥かに超えるものだと思っている。彼女が味わった苦しみを、僕は一生背負って生きていく。

そして、今日も一機の飛行機が夜空を、どこか遠くへと向かって飛び立っていった。。。

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