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家に帰る

家に帰るというただそれだけのことが、こんなに嬉しく感じられる。それってとても幸せなことなのだろう。

およそ1か月半ぶりに乗った電車は、窓から吹き込む風が心地よかった。中吊り広告もドアの上の映像も、見慣れないものに変わっていた。窓から見下ろした街並みはずいぶん懐かしく感じた。季節が変わるほどの濃密な月日が経ったのだ。

相変わらずどでかいキャリーケースをゴロゴロ押しながら歩くには周囲の視線が厳しい世の中だけれど、「帰りますよ、お家に帰るんですよー!」と心の中で唱えながら強い心で最寄駅まで持ちこたえた。最寄駅は、懐かしさがMAXだった。

1か月前まで当たり前すぎて何の感情も抱かなかった景色が、急にとてつもなく愛おしく見えた。行き交う人々は知らない人たちばかりだったけれど、みんなに「帰ってきたよ!」と言いたい気分だった。嬉しかった。

空は白く曇っていて、通り過ぎる人たちはみんなマスクで顔を隠していて、キャリーケースにぶつけた膝がジンジンと痛む。それなのに、わたしはとても晴れやかな気持ちだった。前かがみになって両手でキャリーケースを押しながら、思わず小走りになっていた。

髪を切った。3か月ぶりの来店だと言われ、さもありなん。道理で頭がもっさり重たかったわけだ。簡易マスクを顔面に貼り付けての施術。半分くらいの軽さになって、気分も軽やかに店を出る。小雨が降り出していた。今日は晴れ予報を確認して、折り畳み傘をキャリーケースの奥底にしまってきたところだというのに。それなのに、「なんだ雨か」ぐらいの気持ちで流せた。シャンプーをしてもらったばかりの頭に雨粒が落ちる。いつもの雨宿りスポットまで駆けた。

1か月半、遠くにあった家と街。決して前と同じではないけれど、たしかにあの家と街だ。胸のなかがじわじわと満たされていくのを感じる。これからの1か月半は、どんなふうに映るだろう。
あんまり汲々とせず、心おだやかに生きていければいいな。

ただいま!

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