#13 受話器はなかった

しばらく普通にやり取りが続きます。

この時の彼はまだ高裁に上訴するチャンスを残している未決囚状態で、手紙も週末以外は毎日出すことができました。
当時私は実家で生活していたため、ポストに届く味気ない茶封筒を両親がどう思っているのか、ヒヤヒヤしたものです。
彼が向こうへ行ってしまう少し前に、私の両親に紹介する予定があったのですが、彼の体調が悪くなり実現せず終い。でもお付き合いしている事は伝えてあったため「あら、韓国旅行はどうしたの?」などと、当たり前だけど聞いてくる訳です。
「仕事で急に海外出張になった」とひねりのない言い訳をしていたので、どう見ても国内(しかも割りと近く)から送られてくる茶封筒を謎に思っていないはずがない!

思ってませんでした(笑)。それはまた別の話。

クリスマスが近付き、仕事も年末休みに向け落ち着いてきたときに、いよいよ面会に行くことになります。
映画とかドラマとか再現VTRでしか見たことなーい!
まさか自分がそんなところに足を踏み入れることになるとは…。

12月25日。朝一の混んでいない時間を狙って初めての刑務所。
入口で面会相手の名前、自分の名前、関係などを記入し、携帯電話はここでロッカーに預けて待合室へ。既にお一人待っている方がいらっしゃる。
壁には『今の時間は面会時間30分』との貼り紙。
なんとも言えない雰囲気。
中に持って行かれるものも制限があるので、ここでもロッカーに荷物を入れ身軽になります。
15分位待ったら「○番の方、△番の部屋へどうぞ」と放送が入ります。
待合室のドアを開け一旦外へ、離れのドアを開けて狭い廊下を進むと同じドアが3枚並んでいます。私の番号は一番奥。
ドアを開けると想像以上に幅も奥行きも狭い!
パイプ椅子に軽く座ってソワソワしていたら、あっちの奥のドアの向こうで人の気配。
オヤジ(って言うらしいです)がドアを開け、その向こうからラフな格好に坊主頭の彼が入ってきます。
なんだろう、なんだか懐かしい感じと、ひと回り小さくなってしまったような、何とも言えない気持ちが込み上げます。
「お前、寒くないのか?大丈夫か?」
待合室のロッカーにコートも入れてしまったので、セーター1枚だった私に久しぶりの一言がこれでした。

私が想像していた面会とは違い、目の前のアクリル板に穴が開いていて普通に会話が出来る状態でした。実は、いわゆる黒電話の受話器を期待していたのですが、そんなものはありませんでした。

私たちの会話は、彼と一緒に入ってきたオヤジが一歩後ろに座って聞いています。何やらメモも取っている様子でしたが、メモるような大した話はしませんでした。
「坊主寒そうだね」とか仕事のこと、家族のこと、天気のことなど。
少しでも温もりを感じられれば、とアクリル板越しに手を合わせるのは、きっと誰もがやってしまうことのトップ1で間違いないでしょう。

大した話もしていないのに涙がこぼれます。あの空間には『早く出たいだろ』『大事な人を悲しませたくないだろ』『自分がしたことを良く考えろよ』な感じが演出されていますね。
色のない寒い部屋で、今は触れることも出来ない恋人や家族や友人たち。きっと、アクリル板のこっち側にだけ色がついているように見えるんだろうな。
そして、こっち側には『待っててあげてね』『支えてあげてね』のガスが流れてるに違いない。

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