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ずっと書けなかった母の日の手紙を

便箋8枚に渡る手紙を書いた。読み返して推敲することはせずに、一気に書いた。

10代の頃から何度も書こうとして書けなかった手紙。最後まで行きつけなかった手紙。便箋何十枚をも無駄にした手紙。それが書けた。ぜんぶ書けたのかはわからないけれど、とりあえず書けなくなる前に書ききることができた。書き始めて2時間くらい経っていた。集中していたからかめちゃくちゃ疲れて吐きそうになっている。手首も痛い。目も痛い。だけど書いた。読み返さず、封筒に入れて封をした。疲労がすごい。吐き気もすごい。また怯む前に出しにいかなくては。切手を買って切手を貼って、明日にはポストへ投函しよう。考えたらだめだ。これまでにも何通も何通も、出せなかった手紙がある。

これまでは途中で泣いたり、何を書きたいのかわからなくなったり、書いている途中で集中が切れてしまったりして書けなかった。今日は書けた。それもめちゃくちゃ淡々と。

過去との決別をしたい。もうそろそろみんなで幸せになりたい。事実は消えない。けれどもう終わったことなんてどうだっていい。謝罪も償いも必要ない。そんな感じの話を書いた。

わたしはわたしのことを、わたしなりに一生懸命にここまで運んできたけれど、彼女ら彼らにもそれなりに一生懸命な人生があって、だからもう、恨みとか怒りとか悲しみとか、そういうものはいいんじゃないかと思うのです。自由になって、無責任になって、自分が自分を幸せにしてやれるかどうかということにだけ真剣に向き合って生きていってくれたらいい。それは冷たいことでも何でもなくて、互いに互いの幸福を一番に願いながら別に生きていくんだということ。自分の中の空虚を誰かや何かで満たそうなんて愚かなことはもうやめようということ。たったそれだけのこと。

最近、白いシャツの襟首や袖の汚れを真っ白に落として、中学生高校生の頃の自分を思い出した。あの頃は汚れの落とし方も知らなくて、石鹸を擦り付けてなんとか汚れを落とそうと頑張っていた。アイロンのかかった綺麗なシャツを毎日当たり前のように着て学校に来る友人たちが羨ましく、同時に自分が恥ずかしかった。シャツはどんなに洗っても真っ白にはならなかった。恥ずかしいから堂々としていた。はみ出ものが萎縮すれば途端にひとりになるということを知っていた。わたしは何も悪いことをしちゃいない。胸を張れないようなことはしていない。同じひとりなら自分から堂々とひとりを選べ。それが16、7の頃の自分のポリシーだった。ちっぽけなプライドと自己防衛。それが背骨になってわたしを地面に立たせていた。

今、わたしは自分のお金で自分の服の汚れを真っ白に落とすことができるし、誰かの服を一緒に洗うこともできる。誰かにご飯を作ることもできれば、誰かの作ってくれたご飯をいただくこともできる。床の汚れはわたしの責任範囲だし、掃除をすることで惨めな気持ちになることもない。冷蔵庫の中身は清潔に保てるし、風呂場の汚れを見て見ぬ振りする必要もない。

随分ねじれてしまった、とは思っている。けれど、本当にもう、それで仕方がないと思え始めている。どこかでまた不意に過去と巡り合って絶望することもあるかもしれない。すぐ近くで大きな落とし穴が真っ黒に口を開けて待っている感じはずっとある。黒い影の現れる毎日を忘れたわけじゃないし忘れることなんて多分できないけれど、それさえもどうだっていいんだと思う。わたしはわたしでしかない。このわたしの人生を生きていく以外にわたしは存在し得ないのだから、それならもう仕方がない。

お母さんお父さん、育ててくれてありがとう。親をやってくれてありがとう。あなたたちにもそれぞれの人生があったでしょう。満たされない思いがあったでしょう。だからもうやめましょう。わたしたちはわたしたちとして、わたしとあなたと生きていきましょう。

これはさようならの手紙です。それでいて、おかえりなさいとただいまの再会の手紙です。
過去のわたしの寂しさも悲しさもぜんぶ、わたしがちゃんと抱えて生きていきます。人は人の悲しみまで背負うことはできません。わたしの悲しみはあなたたちにはわかりません。だからわたしにもあなたたちの悲しみはわかりません。お互いのかなしみを認め合っていきましょう。それだけでいいです。それでいいんです。

わたしは大丈夫です。もう誰も恨んだりしていません。たまに悲しいこともあるけれど、ゆっくり深呼吸すれば大丈夫だとわかっています。

どうか幸せに。わたしも、幸せを怖がらずに生きていこうと思います。いろんなことがあったし、それはなくならないけれど、それでもわたしは今ここに存在していることを受け入れたいと思っています。どうにもならないことはたくさんあるけれど、それでもわたしはあなたに言いたい。生かしてくれてありがとう。色々なものを捨てながら、ここまでやってきてくれたことに感謝します。

読んでいただいてありがとうございます。少しでも何かを感じていただけたら嬉しいです。 サポートしていただけたら、言葉を書く力になります。 言葉の力を正しく恐れ、正しく信じて生きていけますように。