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君が大名人たちに勝てるところが、ひとつだけある

「昭和元禄落語心中」という雲田はるこさん作のマンガがありまして、アニメ化、ドラマ化もされています。
先ほど、原稿を前に頭を悩ませているうちに、唐突にこの作品の1シーンが頭をよぎりました。
アニメ版でいうと、第二部第一話の終盤のシーンです。

真打に昇進したばかりの噺家・助六に、かつて噺家になろうとしたこともあるという人気作家の樋口が、以下のように語ります。
(Amazon prime会員の方はリンク先から無料で見られます。19:11~のシーンです。)

君が(過去の)大名人たちに勝てるところが、ひとつだけある。
君は、生(ナマ)の高座を客に見せられる。
それがいかに強みか、落語家さんならすぐわかるだろう?
やっぱり落語は生で見てこその芸。伝わる情報量が違う。
僕は、そこにこそ落語の魅力の秘密があると思う。
現代の落語だって捨てたもんじゃないよ。
口伝の芸の弱点は、資料がほとんど残ってないことだ。
けど、僕らにはたくさんの記録がある。
明治、大正、戦前の落語家には叶わなかった夢だ。
伝承に血筋が必要なわけでもない。
名人や伝統を失う代わりに、しがらみも無くなった。
落語は今、かつてなく自由だ。
ただし、守ってばかりでもいけない。
古典をしっかり受け継ぐこと。それと、新しい落語をつくりだすこと。
その両方が大事だと、僕なんかは思うがね。

真打に昇進したての助六が、鬼籍に入った大名人たちにたったひとつ負けないところ。
それは今、生きているということ。
アニメのテレビ放送時にも非常に胸を打たれたシーンなんですが、今改めて見てもグッと来ます。

さて、「さして有名でもない脚本家」である私としては、こういうシーンを見ると、
「樋口先生から助六へのメッセージを自分の身に置き換えると、どういう意味を持つことになるのだろう?」
と考えるわけです。

私は伝説的脚本家の故・向田邦子さんを尊敬していまして、公私を問わず心がざわつくようなことがあると、向田さんの作品を書き写し、気持ちを落ち着けるという習慣があります。(これを「写経」と呼んでいます。)
書き写すたびに、ため息がでるような素晴らしい表現に触れることができ、憧れは募るばかり……なのですが、自分がこの域に達することなど、こちらの回の助六のセリフを借りるならば、
「天地がひっくり返ぇってもムリ!」
とも思うわけです。

それでも、たったひとつ私が勝てることがあるとするならば、2019年末の今、この世に生きているということ。
この先、新たな作品を生み出すことができるということ。
令和の日本の空気を感じ、それを作品に反映できるということ。

自分は今、とても不遜なことを書いているのではないかという気もしますが、そう信じて、使命感を持つことが、決して愉快なことばかりではない創作の道を進んで行く上で、心の支えになってくれるんじゃないかと思います。

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脚本、小説のオンラインコンサルを行っていますので、よろしければ。


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