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”育成枠あがり”と呼ばれて

「脚本家になりたい!」と思い立った人がたどる典型的な道は、まず脚本の書き方を学べる教室に通うこと。
一般にはあまり知られていませんが、その種の教室は、大手の学校から私が通っていたような私塾まで、都内だけでもいくつもあります。
そういった場で勉強をしながら、新人脚本家の発掘のためのコンクールに応募。
入賞して月刊ドラマとか月刊シナリオ(そういう雑誌があるんです)にババーンと掲載されて、そのコンクールを主催する会社の作品でドドーンとデビュー!
……というのが、多くの脚本家志望の人が思い描くデビューへの花道でしょう。

ですがこれは、「脚本家になる方法」のほんの一例でしかありません。
実際、私はコンクールの入賞経験はありません。
応募はたくさんしましたが、結局最終選考止まりでした。
では、どうやって脚本家になったかというと、「教室に通って勉強している人だから」ということで、人づてに、小劇場系の舞台作品の脚本を書く機会をもらったのが最初の一歩でした。
その頃は、客席40ぐらいのスタジオ公演の脚本などを書き、そこから、わらしべ長者的にちょっとずつ作品の規模が大きくなり、何とか生計を立てられるようになった。
……と、話はこんなに簡単じゃないんですが、超ダイジェスト版でお送りすると、おおよそこんな感じになります。

そんな私のことを、野球好きの夫は「育成枠あがり」と呼びます。
プロ野球の球団では、一度に選手登録できる人数に上限があるので、「即戦力ではないが、育成してみる価値あり」と見なした選手を「育成枠」に入れるという制度があります。
育成枠にいる限り、1軍の試合に出る資格はありません。
育成枠であることを示す三桁の背番号を付け、正式な支配下登録選手になることを目指して頑張るわけです。

この「育成枠あがりの脚本家」という表現、すごくうまいと思います。
同じようにプロ野球に例えるなら、上に書いた「コンクールに入賞して、ドドーンとデビュー」の人は、「ドラフト1位で華々しく入団!」って感じですよね。
入賞すると賞金がもらえるところも、ドラフト入団の選手の契約金っぽいし、育成枠と違って、プロの世界で活躍できるチャンスも数多く与えられるはずです。
ただ、ドラフト1位の選手が必ずその後、球界のスターになるとは限らないのと同じように、コンクール入賞後、カッコよくデビューした人が必ずスター脚本家になるとも限りません。

さて、なぜ私が今日こうやって自分の過去を振り返っているかと言えば、「これから先」のことを真剣に考えるための材料にするためです。
実は、私が今している仕事は基本的に、クライアントワーク的なものです。
具体的に言うと、「こういう作品を制作しましょう」ということまでは既に決定した状態で、プロデューサーが脚本家の候補として私を選定し、「書いてもらえますか?」と声をかけてもらって仕事が発生するわけです。

この経緯、皆さんが思い描く脚本家のイメージと、ちょっと違っていませんか?
まずは脚本家に「こういう作品を書きたい!」という思いがあって、そこからすべてがスタートする、というイメージを持っている方が多いんじゃないでしょうか?

小説の場合は、「作家の着想がすべてのスタート」というケースがほとんどだと思います。
これに対して、制作に多大なお金がかかる映画やドラマは、脚本家の着想から企画が成立するというのは、レアケースと言っていいでしょう。
仮に脚本家が超ビッグネームならば、「その人が脚本を書く」ということ自体がヒットの要因になり得るので、企画成立の確率はググッとあがります。ですが、みなさんもすでにお気づきの通り、私は超ビッグネームではありません。

そんな状況の中、「クライアントワークしかしていない現状を、『仕方がない』と受け入れていていいの?」という疑問が、自分の中で日々大きくなっています。
……と言いつつ、「育成枠あがりで、どうにか脚本家になった癖に、なに贅沢言ってんの?」と、自分に対してツッコミたい気持ちもあります。
クライアントワーク的な作品だって、真摯に取り組めばやりがいは感じられますし、当然報酬も得られます。
だからこそ、自分に対して「贅沢言ってんなよ」とも思うわけです。
ですが、自分の中に湧いた疑問が、見過ごせないほど大きくなっているのも事実です。

振り返ってみると、育成枠を抜けるまでは、金銭的にも精神的にも本当にきつかった。
「今度こそ、ここから抜けられるんじゃないか?」という期待と、「いや、どうせまた抜けられないに決まってる」という諦めの間をさんざん行ったり来たりしました。
それでもどうにか抜け出せたのは、当時の私は、思いつく限り、チャンスに繋がりそうなすべての可能性に賭けて行動していたからだと思います。

あの頃の考え方や行動力を持って、「脚本家発の作品を成立させる」という目標にも臨みたい、というのが今の気持ちです。
簡単でないのは重々承知なんですが、あれこれ試して、どれもうまく行かなかったとしても、泥臭くやってきた育成枠あがりの私なら、心が折れるようなことはない気がするんです。
カッコ良く、華々しくデビューすることはできなかったけれど、そういう自分だからこそできることというのも、あるんじゃないかと信じたい。
今夜は、そんなことを考えています。

#日記 #エッセイ #コラム #シナリオ #脚本
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