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セリフは嘘つき

友だちの知り合いの、さらに友だち、ぐらいの男性のこと。
彼は近々、ある女性と映画を観に行く約束をしたのだという。
その女性と二人で出かけるのは、これが初めてだそうで、映画のタイトルを聞いてみると、「ちょっとデート向きではないね」という感じのダークな作品だった。
でも、それで構わないのだと彼は言う。
「もともとその映画は観たいと思ってて、でも一人で行くのもちょっとなぁと思って、なんとなく誘っただけだから」
というのだ。

平日の夜八時からの上映回を観ることになっているから、見終わったらもう十時頃。
翌日もお互い会社があるので、おそらく「食事でも」という話にもならないだろう。
別にそれで構わないと思って誘ったんだ、と彼の話は続いた。
要するに「特別な気持ちで誘ったわけじゃない」と言いたいわけだ。
ところが不思議なもので、彼の話を聞けば聞くほど私は、
「この人、ホントはその女性のことがかなり好きなんじゃないかな」
と感じていた。

遅い時間に待ち合わせておけば、「ご飯行こうか?」「一杯飲もうよ」という流れにならなくても、「時間が遅かったせいだ」と思うことができる。
もし映画が終わるのが八時だったら、自然にご飯に誘うことができるけれど、「誘う」ということには、どうしても「断られる」というリスクが伴う。
「時間はあるのに断られた」となれば、「自分と食事をしたくないということか……」と落ち込まなくてはならないかもしれない。

「デート向きじゃない映画」を選んでおけば、その後の会話が盛り上がらなくても、「ああいう重い作品を観た後だから」と思うことができ、「自分と話しても楽しくないんだ」なんて落ち込まずに済む。
要するに彼は、傷つかないための予防線を張りまくっているように聞こえたのだ。私の耳には。

せっかく「映画に行こうよ」と誘って、「行こう」という返事ももらっているのに、勿体ない……と思ったけれど、私と彼は「ホントは好きだから、そんなに予防線張っちゃってんじゃないの?」なんて軽く言えるほど親しくないので、黙って聞いていた。
そういえばシナリオ教室に通っていた頃、「セリフは嘘つき」(=登場人物がいつも本心を口にするとは限らない)って教わったなぁ。

自分の日ごろの言動を考えても、傷つかないための予防線を張るのなんて、めずらしいことじゃない。
例えば仕事の場で何かを提案をするときの「ちょっとした思いつきなんですけど」という前置きは、「本当に思いつき」の場合もあれば、「真剣に考えたアイデアだからこそ、否定されるのが怖くて”思いつき”と言い添えている」という場合もある。
自分を守るため、心の痛みを回避するために、人はいろんな言い訳を巧妙に思いつくのだ。
それが言い訳だという自覚さえない場合もあって、話は余計にややこしい。

でもやっぱり、「ここ一番」のときはベストを尽くしたいし、冒頭の男性にも、相手が一番喜びそうな作品を選んで、好きそうなお店の予約もして、万全の態勢で臨んでほしいなぁと思ってしまう。
そうすることで、相手との距離が縮まる確率はきっと上がるんだから。
……なんてことが言えるのも、他人事だからかなぁ。

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