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日本語を研究する (2): 方言調査の手配

twentynineさん作の画像にしばらく頼りそうです。

前回記事

前回は、日本語史の研究例を僅かながらも示しつつ、言葉の研究がどのようなものであるかを説明しました。そこで紹介した研究だけが言語学というわけでは全然ないのですが (面白い研究は無数にあるので、稿末で紹介します)、言語学の理解につながれば、幸いです。

そう言えば、手前味噌ではありますが、言語研究の紹介記事をほかにも書いていました。次の記事がそれでして、国文法の授業で習う「ラ行変格活用」の歴史的変化を記しています。よろしければ、お読みください。

日本語方言の資料

日本語史の研究にあたっては、古典日本語だけでなく、伝統方言も観察すると前回記事で述べました。たとえば、古典日本語に関する知識 (A1) だけでなく、伝統方言に関する知識 (A2) も持っていれば、(A3) のように推測し、(A4–5) のような日本語史的仮説を思い描くことができます。

(A)
1. 10世紀 (1000年ほど昔) の京都に暮らす貴族は 'ヤバい' を「いみじ」と言っていた。
2. 鹿児島県北西部の伝統方言では 'ひと筋縄では行かない' を「いみしか」と言う。
3. 「いみじ」と「いみしか」とは発音も意味も似ているので、同根 (= 出どころが同じ) かもしれない。
4. この2語がもし同根であれば、鹿児島県北西部に暮らす人々の先祖は、10世紀頃は京都にいた可能性がある。
5. あるいは、10世紀京都の「いみじ」が流行りに乗るなどして、鹿児島県中西部に飛び火したのか。

黒木 邦彦「日本語を研究する (1)

(A) くらいの知識であれば、すでに刊行されている方言辞典でも調べられるでしょう。Japanknowledge を契約している(機関等に所属する)人であれば、『日本方言大辞典』(小学館) をネット上で検索できます。便利な世の中になったものです。(以下に言う「伝統方言」は、「ほとんどの日本人が知らない言語」や「話者数に乏しい少数言語」に読み替えてもよいです。接触の困難は伝統方言の比ではないでしょうが。)

ネット上で利用できる方言資料はほかにもあるので、次に挙げておきます。僕も、現状は一般利用が見込めない形式なのですが、デイタ等を公開しています。

充分とは言えませんが、伝統方言の音声ファイルもあります。自宅にいながら伝統方言を研究することも不可能ではありません。(学べることに限りがあるので、自分はしようとは思いませんが。)

僕は古い人間だからか、未知の伝統方言は生でも聞かないと、気が済みません。僕の聴覚印象 (= ある音声を聞いた際の印象) など、研究上はなんの意味も持たないのですが、こればかりはどうも。

研究内容によっては、聴覚印象、語句の適格性、類義語 (= 似た意味を持つ言葉) の使い分けなどを母語話者に尋ねる必要があります。この仕事はさすがに、母語話者と面会しなければ、進められません。

方言調査の手配

伝統方言話者が近所にいれば、長距離移動の必要はないのですが、そのような幸運は稀です。遠方の伝統方言話者に会うには、しばしば出張しなければなりません。僕が長年通っている地域は次のよっつです。(この連載?を今後どのように進めるかはほとんど決めていないのですが、次掲 (B) の伝統方言を対象とした文法記述や辞書作りは取り上げる予定です。)

(B)

  1. 長崎県島原半島南端、旧口之津くちのつ町域 (現南島原市口之津町)

  2. 熊本県天草下島南端、旧牛深うしぶか市域 (現天草市牛深町など)

  3. 鹿児島県東シナ海上、甑島こしきしま列島 (現薩摩川内市里町など)

  4. 鹿児島県北西部、旧串木野くしきの市域 (現いちき串木野市羽島など)

現地の伝統方言話者に聞き取り調査をお願いするにあたっては、市役所や公民館といった公共機関に頼る人が多いようです。現地に家族や友人がいれば、段取りが楽なので、そういうツテがある土地 (たとえば、自身の出身地) を調査地に選ぶ人もいます。

僕はたいてい、「方言ガイド」という仕事を社団法人シルバー人材センターに発注しています (ただし、センターがない自治体もある)。そのほかの方法に比べると、お金はかかりますが、次に挙げる利点の方がはるかに大きいと感じます。

(C)

  1. (センターが依頼を受けてくれれば、)確実に人が集まる。【確実性】

    1. 病欠等が急に出た場合には、補充してくれることも。

  2. 連絡をメイルで取るため、こちらの提案に対する先方の誤解が少ない。【確実性】

  3. 1週間ほどで予定が決まる。【迅速性】

  4. 調査会場を用意/紹介してもらえる。【利便性】

  5. 仕事として発注しているので、人情に頼らなくてよい。【心理的負担の小ささ】

日本国内ではあっても、毎日のように出張できるわけではありません。調査機会の1回1回は貴重です。現地に行っては見たものの、諸般の事情から調査できなかったという事態は、出来れば避けたい。助けてもらっている立場ですから、こんなことを言うのは厚かましいのですが。

その点、シルバー人材センターにお願いすれば、ほぼ確実に良い調査がおこなえます。伝統方言の聞き取り調査に興味を持った方は、是非、シルバー人材センターにご相談ください。(手続等、僕に質問してくださっても構いません。)

つゞく

オススメの言語学入門書

冒頭に述べたとおり、良書をいくつかご紹介します。ちなみに、この記事の内容とは関係しません。

音声に関するもの

文法に関するもの

文法関連の4冊はいずれも、ほかに比べると、やや難しいかも。

自然言語 (= 人間が意思疎通や思考に用いる言語) の特徴に関するもの

しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり