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最高にカッコいい詩、島崎藤村「酔歌」、その解釈と、この詩が俺の人生の指針になったこと

「酔歌」を作った島崎藤村先生へ
中3の俺に「酔歌」を紹介してくれた塾の先生へ
俺の「師」である高校時代の国語表現の先生へ
俺の大切な人達へ
そして、今後の未来を作っていく皆さんへ

駄文、乱文、失礼致します。

島崎藤村、なんだか名字も名前もどちらも名字みたいな名前だが(俺の文ややこしいな)、島崎藤村の「酔歌」が好きだ。最高にカッコいい詩だと思っている。そして俺の人生の指針でもある。
その辺りの思いと、俺流の解釈を語らせて頂きたいと思う。

島崎藤村の「若菜集」に収められている「酔歌」という詩と出会ったのは、俺が中学3年生のときだ。
当時俺は高校受験の為にとある個別指導塾に通っていた。個別指導塾といっても個人で経営している塾で、その塾は剣道の道場が併設されており、そこには勉強も剣道も教えている先生がいた。
その塾では仕切られた個別の机で課題を行い、課題を終えた生徒は先生のところへそれを持参し教えを請うという仕組みだった。

国語の課題を終えた俺は先生のところへそれを持っていった。課題の内容は島崎藤村の「初恋」。
課題の採点が終わると先生が言った。「島崎藤村、シマザキフジムラ(笑)にはもっとカッコいい詩があるんだよ。君紅(きみくれない)のとか、君が眼(まなこ)に憂いありとかみたいな。」
へ~、なんだよ、それちょっと興味あるじゃん。「先生、それ気になります。」「そうか、なら今度その詩集持ってきてやるよ」
後日、先生は俺の為に若菜集を持ってきてくれ、「酔歌」のページを教えてくれてから貸し与えてくれた。
家に帰り、就寝前に改めて「酔歌」のページを開く。

中学3年の俺は「酔歌」のカッコ良さに痺れた。
七五調のリズム、そしてそのリズムに乗った文言のカッコ良さ。詩の内容というか、詩の意味というか、そういったものは分かるような、分からんような。でもカッコいいということだけは分かった。
カッコいいと感じるかどうかってのは、理屈や後付けの解釈でもって「あ~そういうものならカッコいいよね」と思うものがある。
でも、理屈ではなく、脳にズドンとくるというか、魂にグサリと刺さるというか、直感にくるものもある。
「酔歌」のカッコ良さは当時の俺にはまず直感にきたのだ。

10代の頃、カッコいいと思ったU2の音楽と同じレベルで藤村の「酔歌」はカッコ良かった。大好きになった。

どれくらい大好きだったかと言うと、俺は学生時代に「應援團(応援団のことね)」なんてものをやっていた時期があるのだが、そのときに着ていた学ランの裏地一面に、この「酔歌」を刺繍で入れていたくらい大好きだった。

学ランの表からは見えないが、裏地にはびっしりと刺繍で施された「酔歌」。なんだかヤンキーの特攻服みたいなテイストに近いものもあるので、40歳を過ぎた今ではちょっぴり恥ずかしい思い出でもある。
しかし、当時から20年以上経つというのに、いまだにその学ランは捨てられずにいるのも事実だ。(因みに、その学ランのズボンには、社会の窓を開けると「御都合主義」という文字が表れるという刺繍を施しており、今振り返れば本当にバカだったな~とも思う。)

ま、俺のちょっぴり恥ずかしくも大切にしている過去はさて置き、そのカッコいい「酔歌」をここで一度全て記載する。

島崎藤村『酔歌』

旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
酔ふて袂(たもと)の歌草(うたぐさ)を
醒(さ)めての君に見せばやな

若き命も過ぎぬ間に
楽しき春は老いやすし
誰(た)が身にもてる宝ぞや
君くれなゐのかほばせは

君がまなこに涙あり
君が眉には憂愁(うれひ)あり
堅く結べるその口に
それ声も無きなげきあり

名もなき道を説くなかれ
名もなき旅を行くなかれ
甲斐(かひ)なきことをなげくより
来(きた)りて美(うま)き酒に泣け

光もあらぬ春の日の
独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に
老いにけらしな旅人よ

心の春の燭火(ともしび)に
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
哀しからずや君が身は

わきめもふらで急ぎ行く
君の行衛(ゆくへ)はいづこぞや
琴花酒(ことはなさけ)のあるものを
とゞまりたまへ旅人よ

あ~改めてカッコいいわ~。やはりこの七五調と使っている文言が痺れる。藤村先生、ホント〜にいい仕事をする。

俺がネット上で使用している「琴花酒」という名前はこの詩から拝借しているのだ。

そして、40歳を過ぎた俺がこの詩を今もって愛して止まないのは、カッコいいという理由からだけではない。

中学3年の俺のハートに直感的に響いた「酔歌」という詩は、俺が社会人になり年齢を重ねていくにつれ、カッコいいだけではない何か、所謂「風情」とか「味わい」といったものが俺にとっては増してきてもいるのだ。また、この詩に色々と共感出来るようにもなった。

そして、この詩については俺の人生の指針となったエピソードもあるのだ。
そのエピソードについては最後に語らせてもらうとして、先に、今現在40歳過ぎの中年男性となった俺のこの詩の解釈を語らせてもらう。

今まで40年以上生きてきて、様々なことがあった。恋をした。失恋もした。達成感を味わうことがあった。挫折感を味わうこともあった。他人を傷つけてしまった。他人から傷つけられたこともあった。夫になった。父親になった。沢山笑ったし、泣くこともあった。

若い頃に比べ、色々な経験を重ねてきた中年男性の俺はこの「酔歌」に凄く共感を覚えるのだ。
どうして共感を覚えるのかについては、これからこの詩についての俺流の解釈を書き撲ることで伝われば嬉しいな~と思う。

まず、この詩で描かれているシーンについてだが、これは藤村が酒を飲みながら誰かと話しているシーンであろう。
藤村自身は年齢的に中年の頃(場合によっては30代くらいかも知れんし、初老と言われる年齢かも知れん)、もう一人の誰かは年齢的に若者(男性だか女性だかは今一つ分からんけど、おそらくは男性かな)。

その誰かに対して、藤村が「ま~酔っ払いの戯れ言なんだけどさ~、説教くさく感じたら申し訳ないのだけどさ~」みたいなニュアンスで語りかけている。俺はそのニュアンスをタイトルの『酔歌』という言葉から感じている。

『旅と旅との君や我 君と我とのなかなれば』
こう語り出すわけなんだけど、『旅』とは人生のことであろう。

『酔ふて袂(たもと)の歌草(うたぐさ)を 醒(さ)めての君に見せばやな』
『袂』とは、和服のそでの下の袋。自分の持ち物を入れるところ。『歌草』とは、歌を書きとめた手帳のようなもの。
因みに、藤村はこの時点で『酔ふて』いるのでほろ酔い、又は酔ってはいないがアルコールは入っている状態。『君』の方は『醒めて』いるのでシラフ、又はアルコールは入っているが全く酔っていない状態。それと、何だか楽しそうでないというか、思い悩んでいるような様子でもある。

俺の意訳ではこうなる。
「俺も君もそれぞれの人生を歩んでいる中でさ、こうして出会ったわけだけどもさ、俺にとって大切な人間である君によ」
「いやいや、俺詩とか書いてたりするんだけど、酒飲んで気分良くなってきたから君に見てもらいたいな~なんて思って」
藤村、何やら思い悩んでいる様子の若者の心を和らげようとしている。
「俺の詩見てくれるかい」は「俺の戯れ言をちょっと聞いてくれるかい」と同じ意味だと思う。

『若き命も過ぎぬ間に 楽しき春は老いやすし』
「振り返れば若いときってさ、あっという間に過ぎてったな~と思って。あとよ、楽しい時間って過ぎるの早いじゃん?俺なんて気付いたらオッサンになってたよ。」

『誰(た)が身にもてる宝ぞや 君くれなゐのかほばせは』
『くれなゐのかほばせ』は紅の顔ばせ、紅顔のこと。紅顔とは若々しい血色の良い顔つきのこと。
「とある宝を誰かさんが持っているわけなんだけどさ。何だか分かるかい?若さだよ。君は若さという宝を持ってるんだよ。若いときはそれが宝だなんて思わないんだよな~。でも、年をとってオッサンになると分かるようになるんだ。若いってのはそれだけで素晴らしい。若さってのは宝なんだ。」

『君がまなこに涙あり 君が眉には憂愁(うれひ)あり』
「でも、ど~したっていうんだい。君は泣いていないかい。てか、君は心で泣いているようにも感じるわけよ。その眉間の辺りというか君のその表情には憂いを感じるんだよ。切なさとか悲しみとか辛さとかさ、そ~いったものを感じてしまうんだよ。」

『堅く結べるその口に それ声も無きなげきあり』
「堅くギュッと結んだ君のその口を見てるとさ、声にもならないような嘆きでもあるのかいと思ってしまうわけ。」

『名もなき道を説くなかれ 名もなき旅を行くなかれ』
「まだ有名でも何でもないうちからさ、立派な道理を説こうなんて思わなくてもいいんだよ。まだ有名でも何でもないうちからさ、立派な人生を歩もうとしなくてもいいんだよ。そんな若いうちから無理に立派なことを言おうとしたり行おうとしたりしなくたっていいって。よく分からんよ〜な難しいことをしようとしなくてもいいじゃない。君がさ、世に名が通ったときにでもさ、立派なことを言うなり何なりとすればいいんじゃないかな。」

『甲斐(かひ)なきことをなげくより 来(きた)りて美(うま)き酒に泣け』
「色々やってみたのに甲斐がないとか言って嘆いていないでさ、ちょっとこっちに来て美味い酒でも呑んでみなよ。この酒の美味さ、泣くぜ。」

『光もあらぬ春の日の 独りさみしきものぐるひ』
ここでの『光』とは、自分が光り輝くと思えるもののことであろう。つまり、若いときに体験すべきキラキラとしたこと。恋だの、青春だの、自分が楽しいと思うこと、やりたいことに対して情熱を燃やすことだの、そういったこと。
『春の日』とは青春時代、若いとき。
「自分自身が光り輝いているな~と思える若い頃の良さを体験せずにさ、孤独で寂しい状態を自分自身で作り出して苦しまなくてもいいじゃない。」

『悲しき味の世の智恵に 老いにけらしな旅人よ』
ここの解釈がなかなかに悩んだのだけれども、『悲しき味の世の知恵』とは、世の中に存在する理不尽なことだとか不条理なことに対する藤村のスタンスなのではないかと思う。
世の中ってのは必ずしも正論だの道理だので動いているわけではない。
若い頃は、特にその辺りの理不尽さや不条理さに対して憤りを感じたりするのではないかと。
でも、ある程度の年を重ねると、その理不尽さや不条理さも含めて「世の中」ってそういうものだよね~みたいな、自分自身をどうにかして納得させようとする思いというか、そんな風に世の中のことを分かったように振る舞ってしまう大人としての悲しい諦観のような感情を『悲しき味の世の知恵』と藤村は表現したのではないかな~などと今の俺は思ってしまう。
「悲しい諦感なんかを語っている間にさ、歳を取ってしまったらどうするよ、な。そんなことしてる間にオッサンになってしまうなよ、な。君はまだ若者なんだよ。」

『心の春の燭火(ともしび)に 若き命を照らし見よ』
ここから藤村の熱い思いの直球投げ込みとなる。
「君の若き心にある導火線にさ、何らかの思いをぶつけてみないか?それを見てみないかい?」

『さくまを待たで花散らば 哀しからずや君が身は』
『さくま』は作間。農業でいうところの暇な季節、農閑期。転じて、目的を求めるまでの間の時期、目的を達成する為に色々と頑張った後の少しゆる~く過ごせる時間といったところだろうか。
「いやいや、作物を収穫しようとしている間にさ、その作物が実る前によ、そもそもその作物の前の段階である花が散ったらどうするよ。哀しくはないかい、君は。君が何やら悶々と悩んでいる間にさ、君が気付いていないこと、知らなかったことがもっと世の中には沢山あるんじゃないかな~と思って。意外とそれらが栄養になったりするかもよ?」

『わきめもふらで急ぎ行く 君の行衛(ゆくへ)はいづこぞや』
「わき目も振らずに何やら慌てて、君は一体何処へいこうとしているんだい?」

『琴花酒(ことはなさけ)のあるものを とゞまりたまへ旅人よ』
「琴、花、酒のあるところに、ちょっと留まってみなよ。」

『琴』とは聴覚で感じる世界のことだ。音楽は勿論、自然の中にある音、風の音や水の音、生き物たちの音、誰かとのおしゃべりや会話もそうだろう。
そして、触れると音が鳴る楽器なので、触れて反応のあるもの、触覚の世界と考えてもいい。
『花』とは視覚で感じる世界のことだ。花を含め、目で見て美しいと思うもの。又は、目で見て何らかの刺激を感じることが出来るもの。
そして、香りがあるものなので、嗅覚の世界と考えてもいい。
『酒』とは味覚で感じる世界のことだ。美味いものを食べる。美味いものを飲む。1人で楽しむも良し、誰かと卓を囲むも良し。
そして、嗜好品である。嗜好品はあらゆる五感を使って楽しむものだと言える。

つまり、『琴花酒』とは世の中に存在するありとあらゆるものだと俺は思っている。または、世の中に存在するありとあらゆるものの中での、自分自身が楽しいと思えるもの、興味のあるもの、好きなものなど、自分自身を好ましい状態にしてくれるものであろうとも思っている。


『琴花酒のあるものを とゞまりたまへ旅人よ』
藤村のこのメッセージは、何やら悩める若者に対して、「もっと世の中には沢山の世界があるんだぜ。もっとあちこちに目を向けてごらんよ。」と伝えているのである。以上が今現在の俺の解釈である。

俺がこの詩の藤村側の立ち位置に来るようになるとは、何だか感慨深いものがあるな~と思うのと同時に、そういえば確かに俺も昔は若者側だったよなとも思う。

俺は若い頃に、藤村が悩める若者に伝えたようなメッセージを直に頂いたことがある。その為に「酔歌」は俺の人生の指針になったのだ。

俺は大学生の頃に自分自身の精神が行き詰まっているように感じている時期があった。
今振り返れば「思い悩み過ぎだよお前」と当時の俺に言ってやりたいくらいなのだが、当時の俺は自分の精神の閉塞感のようなものに悩まされていた。

そこで、俺はその悩みを手紙にして「師」と思える人に送ったのである。勿論、俺が勝手に「師」と思っているだけなのだが。
手紙を送ったその人は俺の高校時代の国語の教師である。

その先生は少し変わったところがある先生で、テストは毎回2問だけ。何らかのテーマが2つあり、プリント用紙にその何らかテーマについて自分が思う文章をひたすらに書かせるという内容である。そのやり方には生徒や保護者の間でも賛否はあったようだが、俺はその先生が凄く好きだった。

高校3年の頃は必須科目の他に選択科目があったので、その先生が講義する「国語表現」という授業を選択したくらい好きな先生だった。
「国語表現」の授業は生徒にひたすらに本の感想を書かせて、先生がひたすらにそれについての論評をくれるという内容だった。生徒の感想の倍のボリュームで先生の論評が返ってくることも場合によってはあったように思う。

その先生の話はいつも興味深く、俺にとっては楽しい授業で、「ものをよく見よう」とか「出来る限り真実を見極めよう」などとよく言っていたと記憶している。

暫くして、そんな先生からの返事が届き、その内容に俺は深く感銘を受けたのだ。その返事の一部を記載させて頂く。

『さてさてお尋ねの件について、一言でお答えするわけにはいきませんが、君の「不満」の核心部分を探るために、まず身近なところででよいから、人との関係や自然との関係をもっと深くしてみてはどうだろうかと感じました。たとえばファーブルの「昆虫記」を読んだことはありますか。狭い庭を徹底的に観察することによって、そこにいる昆虫たちの壮大といってもよいような、汲み尽くし切れないほどの、深く豊かな世界が現出します。君の抱えている問題は空間的な広がりの中で解決されるものでもなく、外的な華やかさによって紛らわされるものでもありません。君の精神が満足するための条件はなにかということを考えなければなりません。』(中略)
『また、ある社会学者が、仕事と地域活動と家庭生活が最適混合されているときにもっとも人間らしい生き方ができる、と言っています。私もそうだと思います。いま君は仕事に就いていないのだし、仕事に就くためにはこれからたいへんな試練をくぐり抜けなければならないのだから、仕事以外のことについて考えることはとてもしんどく思われると思いますが、自分の生き方をトータルに考えることによって、本当の生きる力もついていくのだと思います。仕事のために人生があるのではなく、人生の有機的な部分として仕事があるのだということをしっかりと認識しておいてください。人生をトータルに考えるためにこそ学生時代があったのではないでしょうか。応援団の世界だけでなく、トリ・ムシ・ケモノとの世界、クウキ・ミズとの世界、障害者との世界、開発途上国の人々との世界、難民との世界などについて知り、実際に出かけていってなにがしかの関係をもつ、そのことをとおして自分自身を変えていくということが自分の生き方をトータルに考えるということではないでしょうか。』

この先生の返事を読んで以降、その内容は、「酔歌」の最後の部分『琴花酒のあるものを とゞまりたまへ旅人よ』という文言と共に、俺の中にファイリングされ人生の指針となったのである。

中学3年の頃にカッコいいと直感で感じ、大学生の頃には人生の指針となった「酔歌」という詩。
気が付けば俺は、その詩の藤村側の年齢(てか、それ以上)になった。
だが、俺は藤村や俺に関わってくれた先生達のように自分自身が立派な大人になれたとは思っていない。

でも、ふと思ったことがある。藤村も先生達も今の自分と同じように、自分のことを立派な大人だとは思ってはいなかったのではないかと。
それでも、悩める若者がいたのならば、可能な限りその人間に寄り添い、決して偉そうなことは言わず、自分が出来る限りのアドバイスをしていたのではないかと。

あ、それならば俺もそういう人間になろうとすればいい。

悩める若者がもし身近にいたのならば、あたたかく見守り、俺も

『琴花酒のあるものを とゞまりたまへ旅人よ』

と述べれば良いのではないかと思ったのだ。

※ 令和元年 11月 13日 追記

「言葉情け(ことばなさけ)」という言葉があることを知った。
なるほど、「琴、花、酒 (こと、はな、さけ)」は「言葉、情け (ことば、なさけ)」とかけてるように思う。

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