勤勉のススメ

「どんどん本を読んで色々なものを観てください。そしてどんどん忘れてください。それでも残っているのがあなたの知識です」

日々心に浮かんだことや、自分で覚えておきたい言葉を以前からSNSで発信しています。ほとんど誰も見ていない状況で細々と続けていたのですが、いくつかの投稿があるとき急に拡散され、一夜にして多くの方に知られるようになりました。冒頭に挙げた言葉もそのひとつです。「どんどん忘れてください」なんて受験生には怒られそうですが、大人の方にはずいぶん共感していただけました。

私が大学生になった時いちばん驚いたのは、先生が持つ知識を学生・生徒に向けて伝達するのが学校の勉強、というそれまでのイメージを大きくくつがえされたことです。「人として幸せに生きるには」といった答えの出ない問題を、どう思う?君はどう考える?と問いかけられ、悩みながら答えを出す。これが大学なのかと驚きました。私自身、もう忘れてしまったことも多いと思いますが、今でも残っているのは誰かに「教わった」ことではなく、そうやって自分から「学んだ」こと。それが私の実感です。

これまでを振り返って私がひとつだけ誇れるとしたら、学生時代からずっと勤勉だったことです。時間を守る。決めたことをやる。言葉に責任を持つ。それは、今できないことは将来もできないだろうと考えたからです。今の自分が将来の自分を助けるのであって、今はできないけれど将来はできるだろうなんて虫が良すぎますよね。社会に出てもその時々の課題と誠実に向き合い続けてきたおかげで、現在もやりがいのある仕事をして、勧められて書いた本も多くの方に読んでいただけています。

受験生にとっても勤勉は大切なことですが、それは志望校のための勤勉ではなく、自分のため、あるいは学びそのものに向けた勤勉であってほしいと思います。大学に行くことが人生の最終目的だという人はいませんよね。自分をギリギリ追い込んでようやく入れる大学よりも、入学後にしっかり学べる環境を選ぶほうが、長い目で見ればもっと大事かもしれません。本当に得たいもの、知りたいことは何かを中心に考えるなら、選択肢は思っていたよりずっと多いことに気づくのではないでしょうか。努めて視野を広げること、何に対しても「平熱」で接すること。それが、曇り続きの受験生活を機嫌よく過ごすコツだと思います。(談)

あきた・みちお/プロダクトデザイナー、京都芸術大学客員教授。LED信号機やビルのセキュリティゲート、ICカードチャージ機など多くのデザインを世に送り出す。著書に『自分に語りかける時も敬語で』『機嫌のデザイン』。

朝日新聞社 「私立大学の建学の精神」トップインタビューより

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