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映像作品の音楽を作る時に考えたことを余すことなく解説します。

みなさんこんばんは。作曲家で音楽プロデューサーの齊藤耕太郎です。9月が終わり、10月。早かった。僕の9月リリースの作品「Ginger」は、今までにない破竹の勢いで再生していただいています。感謝!!

ネオンカラーのタイポグラフィーがお気に入りのアートワーク、今回も伊藤裕平さんに作っていただきました。そんな「Ginger」はありがたいことに、Spotifyの人気プレイリスト「Road Trip To Tokyo」に。5月リリースの楽曲「Cactus」と共に聴いていただいています。

「Ginger」はまさに僕の中で東京の街並を自転車や車で駆け抜ける時、秋に向けて聴きたいなと思って作った80sサウンド満点のNEO DISCO。景色やビジュアルにインスパイアされ、風の匂い、空気の音を自分なりの視点で具現化した楽曲です。


映像作品の音楽制作

さて、この「景色」「空気の音」という価値観を築き上げてくれたのは、他でもない僕が普段行っている映像作品への音楽制作です。

CM音楽の場合はクライアントの方々への配慮で詳しいことや僕自身がこだわったことを書きづらいのですが、今回、僕の友人が自主制作で作った映像作品に音楽をつけ、その作品における音楽制作の考え方を完全に僕の尺度で書いていいと言ってくれたので、自由に綴ろうと思います。

このnoteをご覧の皆様の中には、映像作品への音楽提供をなさる方も多くいるかと思います。決して僕の考えがすべての考えに当てはまるとは思いませんし、正解とも思わないです。僕が考えていることを共有することで、

・映像音楽って面白い!
・(プロの方が)日々の音楽発注に活かそう!

と一人でも多くの読者の方が思っていただけるようであれば幸いです。


まずは、この映像をご覧ください。(以下、ネタバレまくるので、読んでいただく前にこの映像を見ていただいた方が良いかと思います。)

友人がコンテストに出展した作品なので、お心ある方は是非、映像作品そのもののシェアもお願いします。


その映像で何を一番残したいのか

すべての映像演出は、監督やクリエイターの方が意図を持って全ての要素を複雑に組み合わせて構成していきます。今回の作品は監督である原田新平くんのご親戚の身に起きた実話をもとに構成されたお話。

「眼が見えなくても心で撮れる写真はある」。昨年、原因不明の病で視力を失った私の親戚は、こう言葉にしました。写真を撮るのが生きがいな彼は、周りが気の毒に思う中、今も前向きに強く生きています。彼を見て、人は何を感じ、どう行動するのか?私なりの答えを作品を通して、そして、この作品を作ることで表現しました。

※YouTubeの紹介文より引用


ここでいう「答え」を、彼は僕には語りませんでした。音楽が付いていない映像を通じて、僕に感じ取ってほしいのだろうと察しました。僕が考えたこの作品のポイントは、

・登場人物の感情の揺れ動きをいかに丁寧に描くか
・淡々としたトーンの中、微細な感情の変化をいかに見出してもらえるか
・事実ベースで作られた心温まる「平凡な物語」にどう共感してもらうか

の3つ。これをどう具現化し、物語をアシストできるか、ということを念頭に置いて音楽を紡いでいきました。


淡々とした日常の中にある、ドラマを描く

彼らの物語を客観的に見たとき、彼らにとってすごく大切な時間や出来事になりえることを、「ありふれた日常の延長」として描いている様がとても印象に残りました。ゆえに、映像全体の読後感には起伏を必要以上につけず、ちょっとしたことでわずかな感情の揺れを表現することを念頭に置いて、音楽の骨組みを考えていきました。


優しく、トーンがフラットに感じられる音=ピアノ

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僕がもっとも操りやすいという前置きがつきますが、音色としてもしっとりと淡々とした景色を描けるという点で、今回の作品はピアノの表情変化をキモに作ろうと早い段階から思いました。シーンが大きく4つあるので

シーン1:問題想起を促進
シーン2:感情移入する準備を見る人に作ってもらう時間に
シーン3:トーン1発で楽しい場であることを予感させる種明かしを
シーン4:必要以上にドラマチックにせず、穏やかな解決感を意識

をピアノの表情変化のみで描き切るのが、これを見てくださった方たちの、日常の中の幸せや感謝に対する気づきの最大化につながると考えました。


映像に追尾するべきところ、淡々と弾き流すところのチョイス

細やかな感情を描いていく際に意識したいと点として、「感情変化の優先順位」という概念を僕は強く持っています。全ての登場人物の感情を音楽で追尾することは、ときに物語を必要以上に大味に、しつこく感じさせてしまうからです。それがいかに、優しいピアノの音色だとしても。

今回の映像では、主に主人公の感情の起伏に焦点を当てて、各シーンの音楽を構成しています。詳しくは次章の各シーンの意識ポイントを。


日常を象徴するシーンは音楽を統一

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シーン2とシーン4は、実は全く同じ音楽を途中までそのまま貼り付けました。大前提としてこの音楽はオフライン(映像の仮編集段階のもの)を僕が見て、それに合わせてピアノを弾いたのですが、幸いなことに僕が音を当てたいと思った箇所がシーン2、4とカット割の相性が抜群で、同じ音楽で全く違う日常シーンを描くことができました。

日常という点においては、同じ空気が漂っている友情の物語。でも、見る人が思う映像の体温は、明らかにシーン4の方が感情移入して見られる。絵に物語があると感じた故に、お芝居の力を信じて同じ音楽で描きました。


このように、映像全体の流れを汲み取りながら、音楽によるシーンの起伏を今回はあえて最小限の山なりにしています。原田くんが僕に提示してくれた仮編集から読み取れた、彼なりの「日常に見つけた多幸感」を、必要以上にドラマティックに描くのは演出上ナンセンスだと感じたからです。


各シーンで意識したこと

それでは、それぞれの景色に対して僕が込めた意図を解説していきます。


シーン1:単音のダイナミクスとサウンドデザインで問題想起

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この映像は人物撮影をする主人公の姿からスタートします。撮影シーンそのものは彼の仕事シーンとして明るくも暗くも描きたくなかったので、長調と短調の区別がなく、淡々と撮影が続いていることを表現すべく、ドの音をトーン、トーン・・・と連打する形の音楽にしました。

そして、こだわったのはこのシーンのミニマルなサウンドデザインです。

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彼が一瞬、目に違和感を覚えます。ここで派手に変化をつけるのは音楽でこだわろうとしている「日常を淡々と物語化する」というコンセプトに違和感を与えてしまう。けれど、このシーンをそのまま素通りさせてはいけない。

故に、ここは音楽以外の環境音をすべてミュートしてしまうことで、音楽だけを一瞬目立たせ、アテンションをつけるという手法を使いました。映像世界で十分、目に違和感を覚えているのは伝わると考え、音楽並びに音響効果は足すのではなく、引くことで強調するのがベストだと考えました。(最終清音を担当していただいた方にも、ここは多大なるご尽力を頂きました。)


シーン2:主人公の強い思いが楽曲の方向性を変化させる

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シーン1が淡々と単音で描かれているのに対し、シーン2は最初から、優しく穏やか、それでいてどこか儚げな空気が漂います。

全体的に、今回の作品は役者陣の芝居力が物語を引っ張ります。シーン2は特にセリフ量も多く、この物語の設定説明の役割を持つ。そのためセリフが引き立つよう、音楽そのものは和音のロングトーンに徹し、「空気として優秀な音楽」を目指しました。

上記を叶える際に非常に大切なのは、その和音の選び方と弾き方。

日常を優しく切り取ったような絵にしたかったため、メジャーキーの、必要以上にマイナーコードを踏まない(踏んでも暗く見せないコード進行に。)進行を強く意識しました。かつ、和音の頭が揃ったような整然とした演奏より、ゴツゴツと丸みを帯びた演奏の方が優しい印象を与えられる。故に、あえてルーズにピアノを弾き、映像全体に優しさや揺らぎを与えました。

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このシーンでは、登場人物たちの感情の揺れが描かれ出します。動揺する友人や、急いで主人公のマンションに向かう面々。これらの感情の起伏は芝居やシーンの変化によって充分に担保されていると考え、あえてシーンチェンジなどに音楽は追随せず、音楽そのもののリズムや流れを止めることなく進行していきます。

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個人的には、目が見えなくなりつつある主人公を演じる彼の表情が非常に説得力があると感じたため、シーンチェンジはその芝居を邪魔すると判断しました。主人公を演じることへの深い愛情を感じる、好きなシーンの一つ。


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そんな中、音楽の調子を一変させる、主人公の「こんな状況だから。」という一言。その力強い一言で、彼らの日常は展開します。その瞬間をめがけて、僕も入魂でピアノの演奏スタイルを変化させました。何度も、気持ちのいいタイミングとタッチを目指してリテイクしています。

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主人公の強い想いに触れた友人は、その時の主人公を鮮明にその脳裏に記憶します。このあとすぐシーンチェンジを迎えますが、なるべくシーン2のラストの芝居を見る人にも記憶してもらいたい。そう考え、実は次のシーンに行く際に一度音楽そのものを余裕と余韻を持って弾ききり、シーン3とクロスフェードする形で構成しました。

リバーブ(残響)で余韻を潤沢に残してしまっては、せっかくシーンを変えるというのに前者の世界観が中途半端に残ってしまう。とは言っても、ピアノ弾く上で発生するサスティンペダル(音を伸ばすペダル)のノイズはシーン切り替えを汚してしまう。そのため、セッション内のトラック(音のレイヤー)を切り分けることで、処理を繊細にできるよう作り込んでいます。


シーン3:優しくアップテンポで非日常を描き、要所に和音の妙を

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打って変わってキャンプ場でのシーンから始まるシーン3。

ここは、彼らが過ごした休日をいかに多幸感溢れる思い出として描くか、という課題設定を行いました。それを叶えてくれるのは、テンポよく歯切れのいい音の刻みと、細やかに展開されるお芝居への注目度を高めるシンプルな音像。そして何より、テンポと演奏スタイルが変わったことによる和音のチョイスです。

シーンチェンジに伴い、トニックコード(楽曲の調)も変化させました。これは僕に限ったことじゃなさそうですが、場面転換時に同じ音色を活用する場合はテンポと調のバランスでその濃淡ぶりを調整していきます。さらに音色を変化させれば、よりその差は歴然となります。

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主人公がキャンプ場で淡々と写真を撮っていく様に、友人はデスクに貼られた目標たちを思い出し、複雑な心境に。そんな感情を全体のトーンで拾いつつも、今回はあえて主人公の感情変化を大きく際立たせていきたいため、曲の印象に変化をつけずに演出したい。それを踏まえ、このシーンには少し特徴ある和音を意識しています。

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主人公が素直な気持ちでこれらの瞬間を楽しんでいることがわかる、友人たちとの一時。そんな穏やかで快活な時間に寄り添うよう、このシーンでもコードワークは必要以上にマイナーキーを使わず、展開的にメジャーのままでなるべく居られる和音進行を強く意識しています。音色と和音が与える影響、計り知れず。映像音楽の最重要ポイントだと思っています。


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あくる日、彼らの主目的であったウェディングフォト撮影のシーンに。楽しそうに過ごす新郎新婦を撮影する主人公の感情は、「この瞬間に立ち会えて良かった」という感覚と「こんな楽しい瞬間って、今後も訪れてくれるのかな」という一抹の不安を共存させているように感じました。

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全体的に、元のキーから更に2つ上がって気持ちの高揚ぶりを描いているのですが、主人公が一瞬顔を曇らせるこのシーンで、あえて予定調和と違う和音を混ぜました。それによって不安定な要素を作り出し、より物語への感覚的没入感を生み出そうと試みました。僕が今回の企画において、最もこだわったのはこのシーンです。監督の原田くんからも褒めてもらえました 笑

このあと、ドローンを活用した引き絵にいざなわれ、物語はクライマックスへとトランジションしていきます。


シーン4:音楽スタートのタイミングと、シーン2との差別化

ここの重要なポイントは、どこで音楽が始まると一番グッとくるか。

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友人たちが何か準備をしているシーン4の冒頭。最初に僕がこのシーンを見たときに、彼らが何をしているのか一瞬感覚的にわかりませんでした。台本を読んだのにその感覚になれたことを、僕はすごく大切にしたかった。

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そのため、個展の準備と明らかにわかるこのシーンまでは音楽を敷くのをやめました。一呼吸おいて音楽が鳴り出した方が、主人公の個展を友人たちが手伝って実施に至っているストーリーが印象的だったからです。

ここに、シーン2と同じ音楽を当てることによって、同じ日常、同じ仲間との時間が全く違って見えてくる。僕は今回の作品において、仲間の優しさ、想いの強さを改めて感じながら参加したこともあり、この決断をするのに時間は要しませんでした。

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主人公が撮影した写真一枚一枚を丁寧に見せるその絵作りにも、芝居に対する愛、今回の作品の柱であろう「穏やかで平凡な日常に見出すドラマ」を強く感じました。音楽が、その演出に対して微力でも役に立てているなら嬉しいなと思います。

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ラストの主人公の笑顔。

監督であり、主人公を今回演じている原田くんが、自身の作品に関わってくれた僕ら仲間に対して本当にこんな表情をしているのかな、何てことを私情たっぷりに考えながら、最後の和音を弾きました。戦略的に作っている映像音楽も、結局は弾き手の感情によってその鮮度を左右されるものだと思います。その鮮度を上げるためにも、彼のことを親友だと思っている僕がピアノを弾くことは、必要十分条件だっと思えます。


最後に

今回の作品で僕がご紹介した手法はあくまで僕の引き出しの1パターンにすぎません。これがすべての映像音楽制作に活かせるわけではなく、課題が変われば、叶えるべきゴールはまるで変化します。それでも、僕が知る限りあまり体系化されていない映像音楽における演出について、この職を志す方々にとって少しでもお役に立てばと思って書いてみました。

そして再三になりますが、重要なのは足し算と引き算のバランスだと僕は思います。足しすぎても引きすぎても映像における感情は最大化しません。最大化させることが課題解決とも限りません。監督やクリエイティブディレクターの方々との本質的な考え方の対話の元で、初めてブレイクスルーとなり得るアイデアが生まれることも多々あります。

僕もこの仕事を始めて5年あまり。まだまだ修行中の身です。自身の音楽作品を定期的に発表してもなお、映像音楽のお仕事は作り手である僕にとって必要不可欠な創作です。音楽が主役にならない時も、すごく奥深く楽しいと思える瞬間が山ほど存在する。今後、この記事を見てくださった読者の皆さんが映像をご覧になった時、そんな価値に気づいてもらえたら幸いです。


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