見出し画像

「歳のせい」に、しかけた僕へ。

34歳。

社会的には、責任は背負わされるのに、自分より上がまだいて、更に実力ある若手にグイグイと突き上げられる。いわば「社会の中間管理職」とも言える年頃。

社会に出て10年余り、幸せの価値基準が多様化してくる世代でもある。そんな年齢に、僕は達した。達してしまった。

そして、もうあと半年もすれば35歳。
いわゆる「アラフォー」に突入してしまう。


「俺がアラフォー?マジかよ。」


数字上の話でしかないと信じていても、その事実は、僕にとって、結構特別な意味に映った。


---

「年齢・世代」というレッテル

いつしか「ミレニアル世代」という言葉が嫌になった。

数年前までは、この言葉でメディアが注目の20~30代を語ること、何となくイケてる感じの空気が漂っていたように思う。

でも、マーケティングの世界で「Z世代」という言葉が隆盛するようになって、僕ら世代の考え方、行動形態は、とたんに前時代的な価値観としてみなされた気がした。

僕が身をおく音楽の世界では、特にその動きが顕著に思える。音楽の流行りかたを見ていても、そろそろ、実感を伴わない事例が増えてくる。存在は知ってる。でも、現象が、自分ごとにならない。そんな感じだ。


焦ると、より不安になる

今年の初め、『うっせえわ』って曲が、めっちゃ流行った。

ここで描かれている歌詞を見てると、「あ〜、わかるわ。」って思える部分もあった。でも、程なくして

俺も、年下の仲間に対して、そう思わせてないか?

っていう感情の方が、僕は大きくなった。


社会に出た頃は、世の中の1番の下っ端だった。なのに経験によって、こんな僕にも、気を遣ってくれる人たちが増えてくれた。ただただ有難い。

でも、

気になった途端に、焦る。
焦りはやがて、疑心暗鬼に変わる。

そうなると心ってのは弱いもので、わかり合う努力をする前に、相手の領域に立ち入ることが怖くなる。怖いものには、なかなか手が出なくなり、より距離が生まれてしまう。

人が歳をとっていくのは、「年齢」という数字上の分類を引き金に、自分と違う人間を理解する心を、閉ざしてしまうことから始まるんじゃないか。

だから、例えば90年代オマージュファッションのことを、

あーそれ、俺が小学生の時に流行ってた、アレね。

と言っちゃう、とか。
相手のアイデアを、自分の引き出しの中でしか処理できなくなる。相手がくれるチャンスに「思考停止」でしか返答できなくなる。


とても怖いことだけど、僕は多分、割とそんな感じだった。
しかも、今思えば、自覚がなかった。


僕がガツンとやられた日

その日、僕は引っ越したての自宅で、みんなで曲を作ろうとしていた。

いつものように、僕は盛大に料理を作り、曲作りそっちのけで、
来てくれた若者2人にこれでもかというほどご飯を食べてもらっていた。


食事をしているとき、来てくれた仲間の1人が、

今の時代って、世代とか価値観とか国籍とか関係なく、
価値観や想いが重なる存在同士が
ハイパーリンクすると思うんですよ。


って、ポロッと口にした。

何それ、「ハイパーリンク」って。めっちゃかっこいい言葉だな。
何より、それを君から言ってもらえて、俺めっちゃ嬉しいな。

話を聞いていたもう1人にも、この一言がぶっ刺さった。
この言葉をタイトルに、曲を作ることになった。


---

何となくコードを決め、とりあえずリズムを作ることに。僕は、トラックの中でもリズムには強い思い入れと「自分色」があると自負していた。


「トラップミュージック(意味がわからない方は気にせず読み進めてください)を基調にしよう」って話になり、それは俺も知ってるぞ。と、僕はドラムを打ち始めた。するとすぐに、


あ、それ、違います。
僕、ドラム打ち込んでいいですか?

と、仲間の1人にバッサリ言われた。


ここをこうして、こうですね。
ハイハットは、サンプラーに入れて、音程で弾くんです。
これ、アメリカとかだともうスタンダードなんですよ。

・・・。

確かに、めちゃくちゃ気持ちのいいリズムになった。
ただただ、その通りだった。


改めて思い出すと、あの時は顔から火が出るほど恥ずかしかった。知ってるって思い込んだ自分も恥ずかしいし、トラックを作るのが僕の役目だと思っていただけに、その軸であるリズムの部分を、仕切られてしまった。

「それは違う。」
よりによって、一回り歳下に、はっきり言われた。

当時の感情を濁さず言えば、
腹が立った以上に、とにかく凹んだ。
自分が、「もうすぐアラフォー」なんて焦り出していた最中にだ。

---

あの日、トラックの原型はまとまった。近日中に2人に送ると約束して彼らは帰って行ったものの、物凄く釈然としない。同棲を始めたばかりだった彼女(現妻)には、「寝がけにそんな負のオーラ出さないで。学べたんだから、良かったじゃない。2人の言うことは間違いなくプラスだよ。」って檄を飛ばされた。

でも、僕の中では、すぐに消化できなかった。


どうしよう。
せっかく集まって、2人はとても楽しそうに作っていたのに。
自分だけ、まだ全然、楽しめてないじゃん。


ベッドに入ったものの、僕はずっと、曲のことばかり考えていた。


24時間と、約半年

結局その日は、3時になっても4時になっても眠れなかった。

なら、作業の続きをしよう。この曲の中に、ちゃんと「KOTARO SAITO」を自分自身で見つけなくちゃ。そう思いながら、お水を沢山飲み、頭を冷やした。トラックを隅から隅まで聴いた。

エレピのコード、ドラムは何となく決まっていた。
俺が洗練しようと思ったのは、ベース。
そしてこの曲のトラックに、フルートを足してみよう。

フルートで、一気に質感が華やいだ。やっと、このトラックの中に、自分の音、自分らしさを見つけられた。

兆しさえ掴めてしまえば、逆に、教えてもらったドラムパターンを曲の中で応用し、Verse、Hookを自分流のリズムに昇華し始めることができる。

昇華と言っても、2人と作ったトラックからは大きく逸れはしない。でも自分の間(ま)、自分のタメが生まれるだけで、一気にそれは僕が思う

KOTARO SAITOのトラック

になっていく。

結果、今まで自分が持っていない引き出しが一つできた。今考えれば、それは引き出しを越え、「軸」と呼んだ方がいいかもしれない。

2人が帰ってから1日も経たぬうちに、
僕は自分を信じて、2人にパスすることができた。


さらっと書いちゃったかもしれない。
でも、僕にとっては結構、大きなことだった。



そこからは、実はとても長い月日をかけて、
徐々に曲をブラッシュアップしていった。

まず、ヒップホップの永遠の定番である、Roland TR-808を借りてきた。抜群の状態、メガトン級の重低音キック。デモの段階では即席で打ったソフトシンセの808キックだったから、正真正銘のそれに全て変えた。

ハイハット、クラップ、スネアも、2人と作った時の要素はそのままに、全部僕が自分用に録音した808サウンドに変えた。キレも、余韻の色気も、いうまでもなくグルーヴも全てが別世界へと昇華される。それほどまでに、実機というのは、音の景色を変えてくれるものだ。


それは紛れもなく、「KOTARO SAITO」のグルーヴになっていた。
自分がそう思えたとき、この曲は自分のものになったと確信できた。


ボーカルテイクが出揃い、ミックスをしながら意見交換をし、約半年かけて完成した音源をみんなで聴いた。


この曲で、一歩進んだ。全員が、そう思った。


誇るべきは、特別な1日ではなく、日常だ

あの日3人で集まったことは、
Googleカレンダーの、無数の予定のひとつでしかない。

それでも、「11月7日・土曜日」を、僕は一生忘れない。

特別になったのは、本当に結果論。日常の中でたまたま訪れた出来事を、僕が大いに悔しがり、もがき、結果的に「成長の日」と思えたからだ。

---

僕はこの「hyperlink」という曲の作詞には、一切関わらないことにした。2人のリリックを信じていたし、変に口を出すべきじゃないと思ったからだ。


全員が忙しかったこともあり、
年が明けて2月くらいに、ボーカルデータと共に歌詞がきた。
その歌詞を、一緒に読んでほしい。

街の明かり 無数の光
残業帰り21時過ぎ
雨は止み濡れたコンクリ
シャワーを済まし
キンキンに冷えた缶ビール

部屋で1人見る
録画しているバラエティ番組
同じ展開 2倍速かスキップ
非現実な世界を求めている

60点台の毎日
自分が一番分かってるのに
その一歩が踏み出せない

Don’t worry brother
見えない明日は君次第
確かめていけば良い
アラームが無くても It’s showtime
誰も知らない新境地

何も問題ない
It’s alright
今はもう怖くない
怖くない

何も心配ない
It’s alright
今はもう怖くない
怖くない

こびりつく不安に
自問自答する思考パターンに
誰しも怯えるから
Look outside
進むことが大事
少しずつ変えて行けばいい

誰しもが見れてない
自分だけが見えてる Dream
少しずつ少しずつ
確実に確実に Go forth

アラームは鳴んないし
泥にまみれたNew kicks
でもそれでいい それがいい

It’s up to you brother
見えない明日は君次第
確かめていけば良い
アラームが無くても It’s showtime
誰も知らない新境地

何も問題ない
It’s alright
今はもう怖くない
怖くない

何も心配ない
It’s alright
今はもう怖くない
怖くない

僕は、この歌は、まるであの日の自分に向けて
書かれたんじゃないかと錯覚した。


-

「こんなの、俺がやりたい音楽じゃない!」

って、2人の提案を拒否する選択肢もあったと思う。
でも、そしたらきっと、僕の毎日は
60点台だったかもしれない。


僕は確かに、あの日見えなかった新しい音楽を自分のものにした。
そしてきっとそのサウンドは、僕の音楽を知る誰もが知らない、
まさに「新境地」であると自信を持って今言える。

—-

何も問題ない、大丈夫。
今はもう、怖くない。

進むことが大事。
少しずつ、変えていけばいい。
少しずつ、少しずつ。
確実に、確実に。進めばいい。

---

そんな言葉を、メッセージを音楽という形に残した2人のことを、
ただただ尊敬する。


世代とか、年齢

全ては「成功や失敗を並べた"前例"」なんじゃないかって今は思う。

勿論、成功するために"前例"を研究することは大事。失敗から学ぶことは、もっと大事。でもさ、


自分の人生を、他人の"前例"で決めんなよ。


って、僕は今、自分に対して思う。

人は、成功と失敗を、日々天秤にかけている。
どちらに心が傾いたか。それだけで、価値観が真逆になる。
点で見たら、失敗。「挫折」と名付ける人もいるだろう。

でも、線にして考えたら、どうだろう。


その人が将来、自分の願いを叶えたならば。
「挫折」と名が付いた点は、「成功への序章」って語り継がれるはずだ。


---

話は前後するけど、この曲をキッカケに、僕はこの音楽スタイルをさらに突き詰めた。そして、既にリリースしている、この2曲を作った。

You Say Run (Earth-2021)
Oval (Album ver.)
KOTAROさん、こういう作品もやるんですね。
意外でした。かっこいいです。

『You Say Run』をリリースした時、どこかでそんな声を目にした。本当は、その場で言いたかった。「『hyperlink』って曲があって、その曲を機に新しい自分をもらったんだ。」ってね。

上の2曲、そして『hyperlink』は、2021年の僕を語る上で
なくてはならない楽曲に仕上がった。自信を持って言える。


最後に

この曲が生まれたTOKYOに、何かオマージュしたい。そう思い、
『hyperlink』の尺は2:46(246号線)にしてみました。
これは、共作した2人にとっても、きっと初耳。

画像1

Thank you, Brothers.
VivaOla & ORIVA



KOTARO SAITO / 齊藤 耕太郎



撮影協力:アロフト東京銀座
衣装協力:MSGM




よろしければサポートをお願いいたします。サポートいただけましたら機材投資、音源制作に回させていただき、更に良い音楽を届けられるよう遣わせていただきます。