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サッカー中継のモバイルシフト


グローバルなサッカー中継のモバイル視聴率

世界的にサッカー中継のモバイル視聴率は急速に上昇している。FIFAによると、2022年カタールワールドカップの全試合平均視聴者数は5億1,600万人に達し、そのうちモバイル経由が約40%を占めた。 前回2018年大会の33%から大幅に増加しており、スマートフォンでの視聴が主流になりつつある。欧州の主要リーグでも同様の傾向が見られる。プレミアリーグの2021-22シーズンは、モバイル視聴の割合が全体の35%に迫った。 ブンデスリーガ、リーガ・エスパニョーラ、セリエAなども軒並み30%を超えている。 米国のMLS(メジャーリーグサッカー)に至っては、モバイル視聴率が50%に達した。アジアでも、モバイル視聴が急速に普及している。中国では、2022シーズンのCSL(中国スーパーリーグ)の総視聴者数6億人のうち、約60%がモバイル経由だった。 韓国のKリーグでも、モバイル視聴率は40%を超えている。5G通信の普及や、スマートフォンの大画面化・高性能化が、モバイルでのスポーツ観戦をより快適なものにしている。 データ通信量の制限などの課題は残るものの、利便性の高さから、サッカー中継のモバイルシフトは今後も加速するだろう。スマートフォンが、スタジアムに次ぐ「第二の観戦の場」として定着しつつある。

欧州5大リーグ放映権の高騰と課題

プレミアリーグを中心とした欧州5大リーグの放映権料は近年高騰を続けてきたが、ここにきて成長に陰りが見えている。リーグ側の発表によると、プレミアリーグの国内向け放映権料は2022-23シーズンから2024-25シーズンまでの3シーズンで約5,600億円となり、前3シーズンから微増にとどまった。 セリエAやリーガ・エスパニョーラでも同様の傾向が見られ、欧州5大リーグ全体の放映権料は過去5年間で18%下落したという。背景にあるのは、ネット配信サービスの台頭だ。DAZNやAmazon Prime Videoなどの新規参入により、従来のテレビ放送局との競争が激化。 高額な放映権を確保しても、視聴者獲得の不透明さから投資回収が難しくなっている。

新型コロナウイルスの影響で各クラブの財政が悪化したことも、リーグ側が放映権料の引き上げに慎重になった要因とされる。一方、ネット配信勢も楽観できない状況だ。DAZNやSPOTV NOWは積極的に放映権を取得してきたが、有料会員数の伸び悩みから採算が取れていないとの指摘もある。 コンテンツ獲得にかかるコストは膨らむ一方で、ユーザーから十分な対価を得られていないのが実情だ。 今後は、魅力的なコンテンツの製作や付加価値の提供など、差別化に向けた取り組みが欠かせない。 放映権市場の変調は、サッカー界とメディア業界の構造変化の表れと言えるだろう。

DAZN値上げと視聴者数低迷

DAZNは2016年のサービス開始当初、月額980円という低価格で注目を集めた。しかしその後、2年連続で値上げを実施している。2022年には月額1,925円から3,000円への大幅な値上げを行い、2023年2月にはさらに3,700円に引き上げた。 2024年2月には4,200円への値上げも予定されており、開始当初の4倍以上の価格となる見込みだ。この背景には、DAZNの視聴者数が伸び悩んでいることがある。Jリーグの放映権を高額で獲得したものの、想定していた視聴者数を大きく下回っているとされる。

DAZNの元CEOであるジェームズ・ラシュトン氏は、黒字化のためには350万人の加入者が必要で、そのうちサッカーでは150万人から200万人の視聴者を見込んでいたと言われている。 しかし実際の数字はそれを大きく下回り、赤字が続いているとの見方が有力だ。DAZNは、Jリーグ以外にもプロ野球や格闘技など幅広いスポーツコンテンツを配信している。 しかし、スポーツ中継の配信権料は高騰しており、コンテンツ獲得にかかるコストは膨らむ一方だ。魅力的なコンテンツを揃えつつ、採算を確保するためには、ある程度の値上げは避けられないのが実情と言える。

ただし、値上げの度に既存ユーザーの反発は大きくなっている。 画質や通信の安定性への不満も根強く、コストに見合うクオリティを提供できていないとの指摘もある。 競合サービスとの差別化を図り、ユーザーの満足度を高めることが、DAZNの課題だろう。コンテンツの充実と同時に、視聴体験の向上にも注力する必要がある。値上げを機に解約するユーザーも一定数存在する。 DAZNの今後の成長には、新規ユーザーの獲得と同時に、既存ユーザーの定着率向上が欠かせない。スポーツファンにとって魅力的で、かつ納得感のある料金体系の構築が求められる。

配信サービスの普及とJリーグの地域密着

Jリーグは2017年以降、試合中継をDAZNに独占的に提供している。DAZNは年間1万試合以上を配信するスポーツ専門の動画配信サービスで、Jリーグの全試合をライブ中継している。これにより、サッカーファンはスマートフォンやタブレットなどのモバイル端末で、いつでもどこでもJリーグの試合を視聴できるようになった。

一方で、Jリーグの理念である「地域密着」との兼ね合いが課題となっている。Jリーグが地域密着を理念として掲げ続ける中、配信サービスの高額化で地域のファンが実際の試合中継を見れない課題がある。クラブの年間視聴パスをファンが購入すると、DAZNの視聴料収入の一部がクラブに還元される仕組みになっているが、地上波テレビ放送に比べると地域への浸透度は低い。DAZN FOR BUSINESSを契約してDAZNを公式に放映する店舗数の拡大が地域での中継視聴者数増加の1つの鍵かもしれない。

Jリーグとしては、DAZNとの連携を深めつつ、地域に根差したファン獲得策を模索する必要がある。クラブ公式サイトでのハイライト動画の無料配信など、地域住民への訴求を強化することが重要だ。スタジアム観戦の魅力発信にも一層力を入れるべきだろう。

サッカー中継の配信サービスへの移行は世界的な潮流だが、Jリーグは「地域密着」という独自の理念を持つ。理念を堅持しつつ、デジタル時代に合った新たなファン獲得策が問われている。

SPOTV NOWの日韓展開戦略

SPOTV NOWは、韓国のエクラ・メディア・グループが展開するスポーツ専門の動画配信サービスだ。韓国国内では、KBOリーグ(プロ野球)やKリーグ(サッカー)などの人気スポーツのライブ中継で高いシェアを獲得している。 特に、メジャーリーグベースボール(MLB)の配信では、韓国人選手の試合を中心に手厚く放送し、野球ファンから支持を集めている。2022年には、日本でのサービス展開を本格化させた。4月にはプレミアリーグの3シーズンの独占配信権を獲得し、大きな話題となった。 韓国と同様に、MLBの配信にも注力。大谷翔平選手や筒香嘉智選手など、日本人選手の試合を積極的に放送している。

幅広いスポーツコンテンツのラインナップで、日本市場での存在感を高めている。月額料金の安さや、テレビでの視聴に対応したプレミアムプランの用意など、ユーザー目線のサービス設計も特徴だ。動画配信大手のDAZNを筆頭に、Paravi、Huluなど競合は多いが、SPOTVは「スポーツに特化した」点を強みに差別化を図っている。 韓国での実績を背景に、日本でのシェア拡大を目指す。

Abemaのスポーツ中継拡大

2022年カタールW杯以降、インターネットテレビ局のAbemaが、サッカー中継で存在感を強めている。Abemaは2023年から、イングランド・プレミアリーグの独占配信権を3シーズン獲得した。世界最高峰と言われるプレミアリーグの全試合を日本で唯一ライブ配信できるようになり、サッカーファンの注目を集めている。

また、Jリーグの試合中継でもAbemaの存在感は大きい。2023シーズンからDAZNとの共同制作という形で、Jリーグの試合を配信している。DAZNが有料なのに対し、Abemaは無料で視聴できるのが特徴だ。広告収入をベースにしたビジネスモデルにより、多くの視聴者にJリーグの魅力を届けることができる。

2022年のカタールW杯では、Abemaが日本代表戦を無料ライブ配信し、1試合あたり約1,000万人が視聴するなど大きな反響を呼んだ。これを機に、Abemaのサッカーコンテンツへの注力度合いはさらに高まっている。プレミアリーグ、Jリーグに加え、ユーロ予選、アジア予選なども配信予定だ。2026年の北米W杯に向けて、各国代表の戦いぶりをAbemaで追うことができる。

2024年には、Abemaがユーロ2024の放送も決定し、サッカーファンの期待がさらに高まっている。ヨーロッパ各国の代表チームが激突するこの大会を、Abemaは全試合ライブ配信する予定であり、これによりさらに多くの視聴者を獲得することが見込まれている。

スマートフォンの普及により、いつでもどこでもサッカー観戦を楽しめる時代になった。その流れに乗り、Abemaはサッカーファンにとって欠かせない存在になりつつある。無料視聴できる手軽さと、充実したラインナップで、今後もサッカー中継におけるAbemaの存在感は高まっていくだろう。

モバイルシフトの課題と今後

一方で配信サービスへの移行とモバイルシフトの加速には、課題も伴う。前述のJリーグの地域密着の例に加え、特に日本代表戦の地上波中継が減少していることがこの変化の象徴と言える。かつては国民的イベントとして多くの視聴者を集めていた日本代表戦も、現在では一部の試合が地上波で放送されないことがある。これは、視聴率の低下や放送権の高騰が主な要因とされている。2022年のカタールワールドカップ予選では、オーストラリア戦がDAZNの独占配信となり、地上波では放送されなかった。 AFC主催の試合は、DAZNが独占配信するケースが増えている。

この変化にはいくつかの課題がある。まず、デジタルデバイドの問題だ。インターネット環境が整っていない地域や、デジタル機器に不慣れな高齢者層にとって、地上波放送が減少することは試合観戦の機会を失うことを意味する。さらに、サッカー人気の低下が懸念される。地上波放送がなくなることで、ライトな視聴者層が試合を目にする機会が減り、サッカー文化全体の盛り上がりに影響を与える可能性がある。

地上波の穴をサブスク型配信サービスが埋められるかは、AbemaやDAZNが一部で実施しているような無料配信を使った普及が鍵となるだろう。地上波の視聴者層には、特に高齢者やデジタルデバイドに直面する人々が多く存在する。これらの層に対して、まずは無料で配信サービスを体験させることで、サブスク型配信サービスへの移行を促すことができる。例えば、特定の試合やイベントを期間限定で無料配信することで、ユーザーが配信サービスの利便性と多様なコンテンツに触れる機会を提供するのだ。これにより、配信サービスの良さを実感し、結果的にサブスクリプションモデルへの転換が進む可能性が高まる。

また同時に、競合サービスの乱立という課題についても触れなければならない。現在、DAZN、SPOTV NOW、Abema、J SPORTS、Amazon Prime Video、Leminoなど、多くの配信サービスが存在し、それぞれが独自のコンテンツや魅力を打ち出している。しかし、視聴者にとってはどのサービスを選ぶべきか迷う要因となっている。サービスごとに異なる試合やイベントの独占配信が行われることで、複数のサービスに加入しなければならない状況が生まれ、コスト面での負担が増すことも考えられる。このような状況は、結果としてユーザー離れを引き起こす可能性がある。

まとめ

サッカー観戦のモバイルシフトは急速に進んでおり、スマートフォンやタブレットの普及でどこでも試合を楽しめるようになった。この変化は若年層を中心に広がっているが、いくつかの課題を克服する必要がある。視聴者、サッカー関係者、配信事業者がそれぞれの課題を乗り越え、三方良しの状況を成立させることが、サッカー観戦の未来を左右するだろう。


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