SS 73 「吊り橋を渡って」
A渓谷にやってきた。ここには100メートルの吊り橋がある。景観も素晴らしいが、最新の技術を使った橋で、渡っているとなんとも楽しいと話題になっている。
駐車場にレンタカーを駐めて、案内板に沿って歩いていく。小さな小屋があって、通行料300円と書いてある。ゲートもなく、素通りしようと思えばできそうだけれども、素直に払うと橋上からの景色の写真が入ったチケットをくれる。そこから綺麗に舗装された道を回っていくと、パッと開けた先に谷があり、まっすぐな吊り橋が見えた。
足を踏み入れていく。なんだか柔らかい。フワフワというよりもビヨンビヨン。ちょっと歩きにくいくらいだ。橋の真ん中について左右を見ると、なるほどこれは素晴らしい景色。いやあ、これは来てよかった。そう思っていると、突然足元が跳ね上がった。びっくりした。死ぬかと思った。橋の手すりが柵と呼んだ方が合うくらい高いので助かった。横を見ると子供が泣いている。親の声が聞こえて来たが、どうやらこの子が橋の上で跳びはねたらしい。弾力性のある橋がしなって、跳ね返る。そんなことが起こったらしい。どうやら周りの人はこのことを知っていた様で笑っている。そうか、これを楽しいと呼ぶ人がいるわけか。
いや、こんな怖いのが楽しいとは信じられない。向こう岸まで渡るのを止め、引き返すことにした。手すりから手を離さない様に、足早に戻っていくと、向こう岸から中学生らしいのが走ってくるのが見えた。今時珍しい学生服を着ているので高校生かもしれないが、そんなことはどうでもいい。柔道でもしているのか、でかい。100kgあるんじゃないか。そいつが橋に駆け込んでくる。待て待て、やめてくれ。あっ、ジャンプしやがった。思わずしゃがみ込んで、手すりにしがみつく。
何も起こらない。周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。立ち上がって、気づく。足の下の橋、カチコチになっている。そばにいたおじさんがチケットの裏面を見せてくる。
赤い文字で書いてある。「弾力性のある特殊素材の橋ですが、一定基準以上の衝撃があると一時的に硬化するので安全です」
早く言ってくれよ。と言うか、衝撃が入った時に硬化したら折れるんじゃないか。発想が逆なんじゃないか。そんなことはどうでもいい。とっとと橋を降りて車に向かう。なんだか地面の感触が最高に思えた。