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NASA、星を動かしまーす。

オジさんの科学Vol.072 2021年12月号

 紀元前の中国に杞という国がありました。
 杞に住むある男が、天が落ちてこないかと心配になり、夜も眠れず食事も喉を通らなくなったそうです。
 それを見た人が「天とは大気が積み重なったものだ。大気はどこにでもある。人は一日中大気の中で、息をして動いている。だから天が落ちて来る心配などしなくてよい」と言って聞かせたそうです。
 すると心配性の男は「天が大気でできているとしても、太陽や月や星は落ちてこないだろうか?」とまた悩んだそうです。
 そこで「太陽や月や星はその大気の積もった中で光っているだけだ。落ちてきたとしても、それにぶつかって怪我をすることはない」と諭したそうです。
 そこから、あれこれと将来について無用な心配をすることを「杞憂」というようになったそうです。

 しかし「落ちてきた星にぶつかって怪我をすることはない」なんてことはありません。怪我どころか、大惨事です。人類が滅亡してしまう危険性すらあります。
 ご存じのように恐竜は、ユカタン半島に落下した小惑星によって滅亡しました。(オジさんの科学vol.063 2021年3月号 「恐竜を絶滅させた小惑星、人類は大丈夫か?」)
 紀元前1650年頃、死海の北東のヨルダン渓谷にあった都市国家が、突如滅亡しました。遺跡からは、高温の爆風で吹き飛ばされた日干しレンガが多数発見されました。カルフォルニア大学の研究チームは、都市の上空で隕石が爆発したからではないかと考えているそうです。旧約聖書において「天からの火」で滅ぼされる背徳の都市「ソドム」。そのモデルになったのではないか、とまで言われています。


 杞の男が心配してから2千数百年後、NASA(米航空宇宙局)が立ち上がりました。ジョンズ・ホプキンズ大学と共同で、今年11月24日(日本時間)にカリフォルニア州のバンデンバーグ宇宙軍基地から、探査機DARTを打ち上げました。DARTは、10カ月後の2022年9月27日に、ディモルフォスという小惑星に衝突し、軌道を変化させます。

 DARTは、約1.2×1.3×1.3m箱に長さ約8.5mの翼がついた形をしています。重さは550kg。これが時速約2万4千キロ、大谷君の速球の約150倍の速さでディモルフォスに激突します。

NASA / Johnsons Hopkins APL

 一方のディモルフォスは、直径160m程度、重さは48億kgと想定されています。もし東京に落ちてきたら、怪我だけでは済みそうもありません。多分東京は、消滅するでしょう。でも大丈夫、ディモルフォスは地球に激突する軌道にはありません。

 では、何故この星にDARTをぶつけるのでしょうか。
 探査機の名前DARTとは、Double Asteroid Redirection Test(二重小惑星方向転換試験)の略です。DARTは、その名が示すように地球に脅威となる小惑星が発見された時に、宇宙船をぶつけて軌道を変える実験なのです。
 
 そしてディモルフォスが選ばれた理由は、二重小惑星だからです。ディモルフォスは、より大きな小惑星ディディモス(直径は約780m)を周る月なのです。小衛星とも呼ばれるようです。したがってディモルフォスの軌道が少々変わってもこの二重小惑星系(ディディモス&ディモルフォス)全体の軌道には、大きな影響を与えません。万が一にも、実験によって軌道を変えたことで、小惑星が地球に衝突しないようにしているのです。

 また、この二重小惑星系は、食変光星です。月であるディモルフォスがディディモスの前後を通過する時に、地球から見た明るさが変わります。明るさの規則的な変化を地球から観測することによって、DART衝突前後のディモルフォスの軌道が認識できるのです。

 DARTは、ディモルフォスに正面衝突するみたいです。これによりディモルフォスの周期が数分間短くなると想定されているようです。

NASA / Johnsons Hopkins APL

 小惑星を対象とした実験と言えば、「はやぶさ」です。
「『小惑星探査機』と言われているが、正確には『工学実験探査機』なのですよ」
 プロジェクトリーダーの川口さんは、かつて話していました。はやぶさのミッションは将来本格的に小惑星からサンプルを持ち帰る(サンプル・リターン)為の様々な「技術」を確立する事だったのです。これがはやぶさ2につながる訳です。

 当初、はやぶさ2のミッションには、同時にもう一機小ぶりの探査機を打ち上げて、小惑星リュウグウにぶつける構想があったそうです。あまりにも新規性がありすぎ、コストも倍になるため検討段階で終わってしまったそうです。しかしこの着想が、金属塊をリュウグウに打ち込んで人工クレーターを作る実験につながったようです。数々の実験やサンプルの分析により小惑星の正体も少しずつ分かってきました。はやぶさ、はやぶさ2のミッションは地球防衛の観点からも大きな意義があると言われています。

 今後100年間、ディモルフォス級で地球に落ちてきそうな小惑星は、確認されていません。それよりもオジさんは、今後年金の価値が下落しないかと心配です。杞憂であればよいのですが。

や・そね


<参考資料>
雑誌
・日経サイエンス2022年1月号『特集 地球防衛』

新聞
・日経新聞2021.11.25「小惑星の地球衝突回避へ」

WEB
・The Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory LLC.「Double Asteroid Redirection Test NASA'S FIRST PLANETARY DEFENSE MISSION」
・ナショナルジオグラフィックニュース2021.11.25
「NASAの地球防衛実験、小天体に体当たりする探査機を打ち上げ」
・三省堂 辞書ウェブ編集部 「Dictionaries & Beyond WORD-WISE WEB」今週のことわざ「杞憂」
・「語源由来辞典」株式会社ルックバイス
・中国語学習サイト「中国語スクリプト」

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