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僕の家はコンゴの「不平等」でできている。

他のアフリカ諸国同様に、私が生活するコンゴ民主共和国は貧富の格差があまりにひどい。

コンゴは、金や銅、バッテリーや電子機器の製造に欠かせないレアアースの一大産地だ。ここ数年で価格が急上昇しているコバルト、タンタルに至っては、コンゴがダントツで世界一の生産量を誇る。間違いなく、多額のレアアース・マネーがこの国に流れ込んでいるはずなのに、残念ながら庶民の生活にその恩恵は感じられない。ごく一部のコンゴ人富裕層、先進国資本企業の財布が膨らむだけの話である。

僕はコンゴでほんの数ヶ月生活しただけで、本当のコンゴの格差が何たるかを知っているとは口が裂けても言えない。さらに、その滞在期間のほとんどを外国人と富裕層のみが住むコンパウンドの中というスモールワールドで生きているわけだが、このコンパウンドはこの国の格差を凝縮したような擬似世界と見ることができる。ここ数ヶ月、この世界を観察した結果を報告する。

このコンパウンドの社会階層は、ざっと次の5層で構成されているように思う(以下は完全に個人的な分析だ)。

最上層:一部の外国人(外資企業・国際機関・外交官の管理職等)

上層:外国人(外資企業管・国際機関の一般職員、外交官等)、コンゴ人エリート(経営者・国際機関・政府関係者等)

中層:コンパウンド関係企業のコンゴ人管理職などコンゴ人富裕層

下層:警備員、私用運転手、使用人など

最下層:コンパウンド管理会社に雇われている清掃員

上位二層はこのコンパウンドの賃貸を借りている住人であるが、家の広さ、アパートタイプか一軒家タイプか、庭の広さなどの要素で家賃が大きく異なっており、上位の住居に住める人はかなり限られてくる。と言っても、先進国の人間がコンゴに駐在するとなると、それなりの過酷地手当が支給されているだろうから、本国なら中流または若干の富裕層に含まれる場合がほとんどだろう。僕は上で言うところの「上層」に含まれる。しかし日本でならよく言っても中流階級でしかないので、ここでは自分が特権階級であることに戸惑いを覚える。生まれた国の違いでここまで待遇が異なるのは、それだけで大変な格差を感じる。

しかしながら、一種のどうしようもなさもある。治安の安定しないこの国で、クーデターなどの緊急事態が起きたとしても外国人の命が補償される程度にセキュリティがしっかりした住居はそう多くない。安全上の基準を満たす賃貸市場は極度の寡占状態にあるため、値段がいくら高かろうとそこに住むしかない。悪く言えば足元を見られている。外国人がこの地に住むと言うことは、自動的に特権階級になると言うことだ。

中層は、このコンパウンドの管理会社に雇用されているコンゴ人の内、管理職に就いている人たちだ。彼らの多くはコンゴ内で高等教育を受け、国内では一種のエリート層だ。このコンパウンド内に住むほどの財力はないが、外資企業の管理職をしているだけで一般的な庶民に比べると相当に高給取りのはずだ。彼らの身なりや持ち物(スマートフォンを持っている等)からそれなりに豊かであると伝わってくる。コンゴ人の平均月収が約40ドルと言われるが(Source : Banque mondiale, 2019)、彼らの月収は平均の20倍〜30倍はあるようだ。

下層は、警備員、私用運転手、使用人などだ。彼らは、外部委託企業に雇用されているか、住人から個人的に雇われている。収入は雇用主次第だが、平均して月収150ドル〜300ドル程度。これはキンシャサで、教育、医療、公共サービスを受けるために最低限のラインだろうと思われるが、コンゴ人庶民の中ではかなり裕福な層だ。大多数が携帯電話を所有していて(通話のみのガラケーのようなもの)、衣食住には事足りていないと思われる。彼ら独自のネットワークがあるようで、仕事を斡旋し合ったり、普段から楽しく会話している姿をよく目にする。

最下層は、清掃員たちだ。ボロボロの制服を着ており、足元はサンダルか裸足。コンパウンド内の掃除、家庭ゴミの回収、植木の剪定などをしており、住民の引越し等で人が必要な場合は彼らが駆り出されるようだ。人数は多いが、それぞれが話している姿はあまり目にせず、黒子的役割に徹しているように見える。上記の警備員、運転手や使用人とも一線を画しており、両者が交流している様子はない。

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ここからは、僕の体験談になる。

僕が住むコンパウンドは敷地全体が塀に囲まれており、数カ所ある出入口には24時間体制で門番が人の出入りを管理している。彼らとは嫌でも毎日顔を合わせるので、不思議な親近感が湧く。

ある日、いつものように門番に朝の挨拶をすると、そのうちの一人が神妙な顔で話しかけてきた。

「ムッシュー、もしよかったら、あなたが帰宅する頃にあなたの家のドアをノックしに行ってもいいですか?」

「一体どうしたんですか?」僕は驚いて聞いた。

「実は、一つお願い事がありまして。とても大切なことです。」

「お願いって何でしょうか?とりあえず言ってみてください。」

「わかりました。実は先日、とても残念なことが起こって、今、私の息子が入院しています。悲しいことに、私は病院に見舞いに行くためのお金がありません。なので、ムッシュー、あなたの助けを借りたいのです。」

「それは、残念だね… でも僕はどうしたらいいか分からないよ。」

「少しでもいいので助けてくれませんか。」

「あなたの状況は理解しました。すぐには答えられないので、少し考えさせて。」

「ありがとうございます、ムッシュー。良い一日を。」

見ず知らずの人にお金をせびられることは度々あるが、今回は若干の顔見知り出あったのでかなり戸惑った。かと言って、同情からお金をあげる訳にはいかない。そんなことをしていたらキリがないし、彼を特別扱いするのはおかしい。帰宅時に顔を合わせるのは気が重かった。

帰り道で彼に会った時、僕は言った。

「まずは、親族や上司に事情を説明してみてください。僕はあなたの事をよく知らないし、あなたも僕の事をよく知らない。赤の他人にお金をお願いするのは普通じゃないと思う。」

「毎日会っているので、私はあなたの事をよく知っている。あなたくらいしか頼れる人がいない。」と彼は言った。正直、困った。

「毎日会っているのは、僕がここに住んでいるからで、僕はあなたの苗字も家族も知らない。申し訳ないけどお金はあげられない。ごめん。」

彼は、これは無理だと悟ったようで、すぐに礼を言った。

「そうですか、分かりました。話を聞いてくれてありがとう、ムッシュー。」

おそらく他の誰かにも言っているだろうし、どの程度本当なのかも分からないけど、彼のなんとも言えない残念そうな表情は心に刺さった。その後、彼はいつも通り笑顔で挨拶をしてくれるので、逆に申し訳なさが湧きあがる。でもどうしろと言うのか。ちょっとチップを渡すのとは訳が違う。

コンゴでは日本では経験しないようなことが度々起こる。今回のケースはそのほんの一部だ。言わずもがな、見えにくいだけで日本にも深刻な格差がある。ただ、この国では、暴力的なまでの不平等が、目を覆いたくなるほど常に視界に入ってくる。

偶然にも、ここでは自動的に僕は特権階級に属し、自分の属する階級に相応な行動をとっている(とってしまっている)。だんだんとその異常性に慣れて無頓着になっていくのだろうか。感受性を高く持ち続けたとして何ができるのだろうか。

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