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【#白4企画応募】生か死か

俺はこの島の中ではかなりの手練れだと自負している。現に今年行われた武闘会では3位という成績を収めた。優勝した酒吞童子との準決勝は事実上の決勝戦と言われるほどだった。

そんな俺の全細胞が今こう叫んでいる。「俺は今日ここで死ぬ」と。


何の前触れもなく、突然ヤツはたった一人で鬼ヶ島ここに乗り込んできた。いや正確に言うと一人と3匹だった。泣く子も黙るこの鬼ヶ島に一体何の用かと疑問に思ったが、なんと俺たちを成敗しにきたと言う。みな大笑いだった。これまでも俺たちを倒そうとする輩はたくさんいた。力自慢のヤツや剣術の使い手、時には大軍で押し寄せてきたこともあった。そんなヤツらを俺たちは全て駆逐してきたのだった。人間風情が鬼に敵うはずがない、ましてやけものを数匹程度引き連れたくらいで何ができるのかと島中の鬼たちがヤツを馬鹿にしていた。俺もヤツらはすぐに殺されて終わりだと呑気に見ていた。しかしヤツの強さは桁外れだった。門番の阿鬼あき吽鬼うんきを一撃で倒したかと思うとその場を取り囲んでいた鬼たちを次々と切り殺していった。連れの犬と猿もただの獣とは思えないほどの動きだった。鬼を切り殺すヤツの側を離れずしっかりと援護していた。雉は戦闘に加わらず後方で戦況を見極めて指示を出しているようだった。ヤツらは見事なまでの布陣で俺たちを次々と蹂躙していった。

酒吞童子の首が切られた瞬間、俺は自分の死を悟った。間違いなく今日俺は死ぬ。きっと逃げても無駄だ、ヤツらは地獄の果てまで追ってきて俺を殺すだろう。仕方ない。これまで散々人間を殺してきた報いなのだ。殺されても文句は言えまい。俺は覚悟を決めて殺されるの待った。


「お前、泣いているのか」

ヤツは刀を振るう手を止めてそう俺に語りかけた。泣いている?誰が?まさか俺が?鬼として生まれてただの一度も涙を流したことなどなかったこの俺が泣いているだと。俺は目元を手で拭った。想像を超える量の涙が頬を伝っていた。拭っても拭っても止めどなく流れ落ちる涙に俺は自分自身を情けなく思った。

「早く殺せ」

自分の羞恥を晒し続けることに耐え切れず俺はヤツに懇願した。ヤツは俺を一瞥すると静かに問うた。

「なぜ泣く」

その瞬間、空気がピンと張りつめるのを感じた。俺の答え次第でこの先の生死が決まるような気がした。今更命乞いをするつもりは甚だなかったが、それでも自分がなぜ涙を流したのかその理由を知りたかった。死にたくないからか、いやそれはない。俺は死ぬ覚悟はとうの昔からできている。ならば同胞たちが無惨に殺されたからか、いやあり得ない。これまで同胞に仲間意識を感じたことなどなかった。ではなぜ俺は涙を流したのか。俺は心の奥底に眠るざらついた思いを確かめるように丁寧に掬った。これは、怒りだ。俺は怒っているのだ。誰に?自分自身に決まっている。これまで赤子の手をひねるがごとく殺してきた人間に鬼である自分がいとも簡単に殺されることに怒りを感じて泣いていたのだ。

「貴様のような人間に殺されるのが我慢ならんからだ」

俺は死ぬ覚悟でヤツに告げた。むしろ人間ごときに後塵を拝する鬼など殺されて当然とすら思っていた。

「桃太郎さん、もう殺しましょう!」「こんなヤツは生かしていても仕方ないですよ!」

犬や猿がワンワンキーキーとヤツに話す。雉も同調するように頷いている。ヤツはしばらく黙って俺を直視すると、手に持った刀をヒュンと一振りして血を払いスッと鞘に納めた。あっけにとられる俺にヤツは楽しそうに言い放った。

「お前、面白いな。一緒に来い」

そう言ってヤツは腰に付けた巾着袋に手を入れると団子を一つ取り出して「食べろ。うまいぞ」と俺に言った。納得いかないのか犬や猿が騒ぎ立てる。雉は「危険です」とヤツに助言している。ヤツは獣たちの声に聞く耳を持たず団子を俺に向かってヒョイと投げた。俺は両手で団子を掴むと躊躇なく一口で平らげた。美味い。団子を食べた俺を見届けるとヤツは満足した顔で言った。

「お前は人々から金銀財宝を奪っていたな。よし今日からお前は”金太郎”と名乗れ。」


__俺の名は金太郎。
いつの日か桃太郎を殺す、そう渇望する男だ。


おしまい


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