ひと夏のチャイナタウンジャーニー
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ひと夏のチャイナタウンジャーニー

An Ko

▽Chinatown, Boston

▽Chinatown, Manhattan

▽Chinatown in Flushing, Queens

▽Brooklyn Chinatown

▽Yokohama Chinatown

2018年夏。
私は旅先のニューヨークで3つ、ボストンで1つ、そして育った街の日本最大級の横浜の中華街で、5つのチャイナタウンを訪れた。

クイーンズのフラッシング、ロウアーマンハッタン、ブルックリンのサンセット・パーク。
ニューヨークの3カ所のチャイナタウンだけでも街の表情がかなり違っていることを、自分の足で横断した事で初めて知った。名前の知られるこの3大チャイナタウン以外にも、近年形成されたばかりの新しいチャイナタウンがあり、全米では54のチャイナタウンが存在するそうだ。

私はこれまで、滞在先にチャイナタウンエリアを選ぶ確立も不思議と高かった。 ポートランドで初めての滞在先、オールド・タウンの中の「Society Hotel」に着いて最初に見えた景色は、電信柱や駅の赤いペンキに、赤い旗。ポートランドの青空とインダストリアルな建物とのコントラスト。
とても新鮮だった。 

今回の旅先も最初に訪れた滞在先が、ボストン・チャイナタウン。
ここは所得の高い層が移り住んだ事で昔からの住民が住み続けられなくなるという「ジェントリフィケーション」の問題があると聞いて来たが、確かにアーバンな風景の中にぽっかりと現れるこじんまりした中華の空間は、数時間で軽く歩き切ってしまうほど。こぎれいなオフィスビルや大学病院の派境にあるチャイナタウンは、独特に感じられた。

カメラを向けると煌びやかな中にどこか退廃的な要素が映り込むのが、伝統的なチャイナタウンの遠景。
しかし、通りの店のウィンドーの中で働く人たち、その手から生み出される料理から受け取るエネルギーはものすごく高い。ボストン・チャイナタウンでは土曜の夕刻、次々とレストランに集まってくる家族や友人、恋人達に出会った。年齢も肌の色も様々な人たちが、思い思いに大皿の中華料理をシェアして楽しむ様子に、中華料理が改めて多くの人にとって、ポピュラーな存在であることが伝わった。

そういえば、ヨーロッパを初めて旅した学生の頃、慣れない食事が続き気力を失いかけていた時、駅で売られていたチャイニーズフードのテイクアウトの美味しさで、じんわり心が温かくなったのを覚えている。あのおじさんはどうしてドイツの駅でチャイニーズフードを売る人生になったのかしら、とぼんやり考えながら、旅の道中とても助けられて感謝した。

これまでの旅経験でチャイニーズフードの満足度は高く、次にどんな旅先が待っていても、私は一票を投じたい(たとえ少々サービスが無骨だったとしても)。

1970年代からアメリカへ、そして日本に今もどんどん増え続けている中国人達の生活習慣や行動について、今、世間で様々なことが書かれている。
これに関して私も何か筆をとろうとしたが、まずはもっとこの目とこの足で街の様相を確かめ、さらにそこにいる人たちとコミュニケーションをとりたいと思った。

本家本元の中国を訪ねた事が無く、中国語をひとつも話せないし、看板やメニューに踊る文字を読むことも出来ない。そんな私が今、確かに言えることは、世界各地のどこであなたがチャイナタウンを訪ねても、きっと、渦巻く情報の中からは見えない中国系住民の人たちの温かみに何かしら触れることが出来るということだ。

どのチャイナタウンを訪ねても温かみを感じて「帰って来たな」という感覚になるのは、育った街が中華街に隣接していたからかもしれない。

旅を終えて元町・中華街の駅に着き、香ばしいあの街の匂いを嗅いだ途端、私はまたホッとしているのだった。 

Anna/An Ko

An Ko
2015年1月〜サステナビリティ追っかけPR(時々取材)の徒然兼、2019年〜カルチャー、旅系の埋没原稿を溜める墓