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妄想旅行「マイアミの熱い風2」1年前の沖縄恩納村、海は荒れていた。

小さな男から逃れるようにホテルに戻った俺は、ベッドに倒れ込んだ。
そろそろやばいと思いつつ眠気が襲う。
全くこの状況に入り込んだのは何時からだろう。これは、やはり沖縄恩納村からだと思う。
それは1年前の話だ。
***
羽田空港から2時間半、7月初旬の那覇空港へ到着。梅雨明けした沖縄は強烈な陽射しで俺を迎えてくれた。
到着ロビーに出ると、短パンにプロレスラー桜庭のSAKUマークのTシャツを着た大柄な二人の男が「ミスター・イケ」という手書きの段ボールのプラカードを掲げて待っていた。松野と竹中だった。
「お疲れ様です」ロン毛の松野が言う。ちなみに竹中は五分刈りだ。
「山ちゃんは?」俺が訊く。
「山中さんは車で待っています」と竹中が言う。二人は前日に沖縄入りしていたので、すでに十分に日焼けしている。
  
那覇空港の駐車場にガンメタ色のカローラが待っていた。ボンネットは強烈な夏の陽射しを受けて暑苦しく輝いていた。
後部座席に乗り込むと、助手席に座っていた山中が振り向いて言う。真っ黒なサングラスをかけた山中も体がでかい。
「池さん、お疲れ様です。まず食事に行きましょう」
竹中が運転する車は静かに動き出した。
  
10分ほど走って、「B&W」という看板のあるレストランで車は止まった。
「え、ファミレス」俺は言った。
「何を言っているんですか、ここのルートビア飲み放題は最高ですよ」と山中が言う。
ルートビア? 沖縄の新しいビールなのか?

山中が手際よくキングサイズのハンバーガーとルートビアを注文する。席に着くと、早速3人とも、ジョッキのルートビアをぐいぐいと美味そうに飲み始めた。お代わりもしている。
運転手の竹中も飲んでいる。沖縄は酔っぱらい運転に甘いのだろうか、そんな疑問が浮かぶ。
「池さんどうぞ、美味しいですよ、がーっと行って下さい」竹中が言う。
喉も渇いたので、俺はジョッキを持つと一気にルートビアを喉に流し込んだ。
  
 その途端! 口中にサロンパスの匂いと甘さが広がった。
「おぇーっ」その衝撃の味に俺はむせて吹き出した。目の前にいた松野は、俺の唾液とルートビアを顔面に浴びていた。
「勘弁して下さいよ・・・」松野が悲しそうな目を俺に向けた。
「ごめん、想定外の味だ」
この甘いサロンパス味の炭酸水だが、2杯目からは何故か美味く感じる。そして3杯目で虜になっていた。
「そうこなくっちゃ」とアル中仲間みたいなことを山中が言う。
「じゃあ、これから海へ行きますか」キングサイズのハンバーガーを1分で食べ終えた竹中が言う。
「それと、恒例の儀式をやりましょう」続けて中が言う。
(儀式?)

ルートビアは儀式に使うような神聖な飲み物なのか、それともトリップ作用でもあるのか、俺はちょっと不安になる。
見ていると、竹中は携帯電話をショートパンツのポケットから取り出した。松野も山中も携帯電話を取り出していた。
「池さんも、持っているなら出して、出して」と山中が言う。

俺はよくわからないまま、持参したスポーツバックから東京デジタイルホンを取りだした。それを見て竹中が立ち上がり言う。
「皆さん、ワンダートリップ沖縄へようこそ、では、イチ、二のサンで携帯電話のスイッチを切りましょう!」
「イチ、ニイノ、サン、バイバイ!」俺以外の3人は携帯電話のスイッチを切った。

状況を飲み込めない俺に山中が言う。
「池さん、会社とか家族とか色々なしがらみから抜け出すのが旅です、沢木耕太郎さんも言っていますよ」
(その通りだ)俺も皆に続いて携帯電話の電源を切った。
  
食事後、トイレで出す物をだしてから俺たちは店を出た。
そして、駐車中の車のドアを開けたとたんに、俺は気づいてしまった。前のシートにオリオンビール空き缶が何本か転がっている。顔あげると山中と目が合った。
「空港で時間があったし、まぁ喉も渇いたので、飲んでいました」小声で言う。
「まじ、じゃあルートビアのがぶ飲みは酔い覚ましか」3人がうなずく。
「ほんとかよ、それはやばいだろう。しょうがない俺が運転するわ」
「よろしくお願いします!!」3人の声が揃う。

車のハンドルを握ると俺は気持ちがざわざわと騒いだ。これから本当の旅が始まる。ガンメタのカローラはさらに暑苦しく輝きながら走り出した。

沖縄本島の真ん中の沖縄道路を北上して、嘉手納へ入った頃だった。
「池さん、後ろからバイクがズーと張り付いていますよ」と山中が言う。
「あぁ、あれか気づいていたよ、古いスズキのカタナだ」黒のヘルメットと糞熱いのにライダーススーツ姿のライダーは一定の距離でついてきている。
「やばいんじゃないすか」山中がサングラスを外して後ろを見た。

「なんか銃みたいな」と山中が言う間もなく、乾いた発砲音が連続で響いた。リアウインドがいきなり白く曇る。
「やばい」と言うなり俺はアクセルを踏み込んだ。車のエンジン音が高鳴る。同時にバイクのエンジン音も変わった。その後サイドブレーキを引く。
キューとタイヤのすれる音が重なる。加速途中のバイクはそのままリアにぶつかる、激しい転倒音がする。直ぐにブレーキを離し、加速する。
「後ろ見て」と俺は言う。
「あっ、バイクはすっ転んでいます。もう、後ろはなにもいません」窓から顔を突き出した松野が言う。

しばらくの間、時速100キロ前後で走る。
「後ろが見えない」と俺が言うと、山中がビーサンに履き替えて脱いでいた革靴を手でつかみ、窓をたたき始めた。ガラスの細かい粒が道路に飛び散る。
「こんなもんでいいしょう」山中が言う
ガラスのないリアウインドを見るとサトウキビ畑が後方に広がっていた。
「さて、何処へ行く?」
ハンドルを軽く振り俺は言う。車は蛇行して、さらに細かいガラスの粒が落ちていく。
道路がガラスの破片で光っていた。

「まずは、海でしょう。ちょっと王椀さんへ連絡します」山中が笑って言う。先ほどスイッチを切った携帯電話を取りだし電話をする
「もしもし、王椀さん、山中です。今から大丈夫ですか」
「はいはい、では其処へ向かいます」
携帯電話を切りながら、山中が言った。
「シーカヤックだそうです、恩納村の海岸で待っているそうです」
「そうなの」俺は嫌な予感がした。

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